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The judges comments (translation)

Booklet pages 10-11:

  • KUWAJIMA Ikuru

It’s all good. The cropping is excellent. (Moriyama)

Strange composition, strange timing, beautifully captured. (Hosoe)

  • SUGIYAMA Hiroyasu

Photographs that move you are difficult to express in words. (Moriyama)

  • YAMAGUCHI Yutaro

It’s hard to believe that these were taken by a Japanese. They display the relationships between the subjects on quite a deep level. (Seto)

 

Pages 12-13:

  • Sergiy LEBEDYNSKYY

These works appeal to the broad depth of people’s memories. They contain a kind of universality and I was surprised to learn that they were taken this year. (Moriyama)

  • DEN Gai

They appear to be casual, normal ‘snaps’, but there is something weird about them. Suddenly you feel they contain a different world. (Moriyama)

  • TAKASHIMA Kuta

Each image has been created in subtly different way; they are based on a unique worldview. (Moriyama)

 

Pages 14-15:

  • CHONG Kok Yew

I have seen numerous photographs of elderly people, but this is the first photograph I have seen of them actually kissing. I like it. (Moriyama)

If you look at the woman’s gaze, you can feel something of the life she has lived through. (Hosoe)

  • Daniel LEE

Looking at them feels like reading a strange novel. (Moriyama)

  • ISHIKURA Tokuhiro

The titles don’t match but the photographs are great. (Seto)

  • ENOMOTO Yusuke

I like the one of the people standing watching. It stimulates my memory. (Moriyama)

 

Pages 16-17:

  • Probal RASHID

This photograph was the strangest and attracted me strongly. (Moriyama)

  • A. M. AHAD

These are powerful photographs. I wonder how they are received in Bangladesh. (Hosoe)

  • Muhammed Shaiful ISLAM

The picture of the child in number 4803 is terrific. (Moriyama)

  • PRASHANTA Kumar Saha

This photograph in particular creates a documentary containing a severe criticism of Bangladesh. (Hosoe)

 

Pages 18-19:

  • K. M. ASAD

The way in which they have been taken quite naturally as a documentary is a bit frightening. (Hosoe)

I like the vividness of the prints. (Moriyama)

  • Shahadat HOSSAIN

Everything about them is good. (Moriyama)

The way that they are shot from above is interesting. (Hosoe)

  • Khaled HASAN

Overall they are low key and flat, expressing a particular world. (Moriyama)

The contrast between the high-rises in the background and the buildings in the foreground allows us to feel the current situation; it symbolizes the present day. (Hosoe)

 

Pages 20-21:

  • Jan VALA

This is a continuation from last year. Technically, I think they are brilliant. (Seto)

I like the feeling of a locked room mystery. (Moriyama)

  • Piotr ZBIERSKI

There is nothing special about the subjects, but overall, they have a freaky atmosphere. (Moriyama)

Which is to say, they are good photographs. (Hosoe)

  • Mu-Tien HO

The back in 4052 is good. (Moriyama)

I saw these in Taiwan and recommended her to enter them in the YP. The shots have all been set up but the impression they create of peeping in on a scene is interesting. (Seto)

 

Pages 22-23:

  • HIMOZONO Eiko

She has a unique character.  The inscrutability of her work is interesting.  The pictures are all unconnected and mysterious. (Moriyama)

The colors are not safe. The gaudy color adds to the depth of the expression. The doll gives the impression that if a man were to approach, he would be stabbed. (Hosoe)

  • NAITO Yoko

Her work is smooth, but not simple. She creates a unique world through her color expressions. (Hosoe)

  • WATANABE Youka

They do not show anything in particular, but these pictures catch the attention. (Seto)

Particularly this photograph. That is a strange photograph. (Moriyama)

  • Severin VOGL

An unreal world that appears real. (Hosoe)

They possess a strange fascination. (Moriyama)

 

Pages 24-25:

  • Julia SMIRNOVA

They appear to have been taken quickly, but if you look carefully, they even possess a surrealistic impression. (Hosoe)

  • MIYOSHI Chihiro

I love the fact that they are entirely beautiful. (Moriyama)

I have rarely seen photographs like these. (Hosoe)

  • MIZUTANI Yoshinori

The way that real birds appear artificial is interesting. It feels as if another form of scenery has been born within the nature of the city. (Hosoe)

It is totally weird. (Moriyama)

 

Pages 26-27:

  • AO Leong Fu

They are frightening. They all contain images of death. (Seto)

They are excessive. In various meanings of the word. Their excessiveness is amazing. (Moriyama)

They can be said to be one artist’s expression of a contemporary exasperation. (Hosoe)

  • MATSUI Yasunori

I never knew you could create such powerful photographs using just one eye of an animal. ‘Do you hate animals?’ I would love to talk to him. (Hosoe)

  • KIMURA Hajime

I like the heartrending feel. The gloomy tone of the monochrome, too. (Moriyama)

  • YAMAJI Masaou

The person taking the pictures manages to get so close to his subjects that you wonder if he is homeless too. It feels as if he is photographing his friends. (Hosoe)

 

Pages 28-29:

  • TAIRA Hiroyoshi

Basically, he is a skilled ‘snap’ photographer. (Seto)

I think it was done on purpose, but although the photographs were taken during the day, they have been printed very dark. We can feel the weight of the works. I think it is an important form of expression. (Hosoe)

Simple and scary. (Moriyama)

  • TAFUKU Toshifumi

They are painful but good. Both models and photographers look like something from a picture book, which is what makes them painful to see. (Moriyama)

 

Pages 30-31:

  • Luna

It looks as if we are peering into a supermarket. (Moriyama)

This concept would never occur to me, it’s interesting. (Seto)

  • Julio BITTENCOURT

I think that the pictorial coloring in these works has been created purposely and skillfully. Amid this chaos we can feel the strong will of the photographer. (Hosoe)

It feels like darkness at midday. (Moriyama)

  • LEE Dongwoong

The views are indefinably erotic. (Moriyama)

 

 

 

2013年度ヤング・ポートフォリオ(YP)レセプション&ギャラリートーク

去る5月24日(土)14:00-16:00、YP公開レセプションを開催しました。約80名のお客様を迎え、盛会の内に幕を閉じました。当日は、9名のYP購入作家が参加。作品の前で作家自身がスピーチを行い、2013年度選考委員の川田喜久治氏、瀬戸正人氏、館長・細江英公による講評も行いました。ギャラリートークの内容を、講評の順番にご紹介します。

作品は、すべて当ウェブサイト内のYPデータベースにてご覧いただけます。

http://kmopa-yp.com/Opac/search.htm?s=xlHniRviA-yMGxumjv7tkpfmhzo

 

 

 

2013年度YP購入作家 伊原美代子(いはら みよこ)
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伊原美代子氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

伊原:《みさおとふくまる》は、千葉県の房総に住む実の祖母みさおと、その飼い猫ふくまるの日常を撮った作品です。撮り始めたきっかけは、13年ほど前、私がバイトをクビになり、無職のような状態になったことです。家にいるのが私とお婆ちゃんと猫、そういう生活の中で、毎日毎日、撮りました。でも、実はそんな日常生活を送ることがけっこう難しいということに気づき、日常を大事にして欲しいというメッセージを込めて作品にしました。

細江:この猫は、言葉がわかるような感じね。シャッターを押す瞬間というのは、撮影者の意識がはっきりしているということ。あなたは非常に明確に猫とお婆ちゃんの関係を把握して、あなたの家の全体の関係、周囲の状況を全部入れながら撮っている。すばらしいドキュメントですよ。

伊原:ありがとうございます。

細江:お婆ちゃんはお元気なの?

伊原:元気にしています。

細江:お婆ちゃんに、私の作品、入選しましたって報告したら何と言っていました?

伊原:今日もおこづかいをくれました(笑)。

細江:あなたはYPに購入されて、おこづかいももらって、良かったね(笑)。2014年度も応募したら?

伊原:今回はできなかったので、また次の年に応募させていただきたいと思います(笑)。

細江:我々が見ても、何とも言えないほのぼのとした、猫とお婆ちゃんとの関係、それからお孫さんのあなたが撮っているという感じも、とてもよく表現されていると思います。

伊原:ありがとうございました。

 

 

 

2013年度YP購入作家 Ake
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Ake氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

Ake:去年、こちらのヤング・ポートフォリオ展を見学しまして「あぁ、こういうのをやっているんだな、応募してみよう」と思って応募したら、通って、ありがとうございます。

細江:すごいよね。購入されるのはなかなか大変なんだよ(笑)。

Ake:すみません(笑)。

細江:購入されない人の方が多いくらいだからね。しかしあなたはすごく集中していますし、全体のバランスがとても面白い。

Ake:ありがとうございます。実は私自身、すごく怖がりなので、写真を通して怖いものがきれいに見えたらいいなとか、きれいな物の中に私が感じる怖さを写したつもりです。ぶらぶらと散歩して、パシャパシャと撮り、毎日、日常を切り取っていった感じです。

瀬戸:タイトルの「モカとマイロ」って何ですか。

Ake:10年一緒にいる愛犬で、こちらがマイロと申します。後ろに写っているのは私の主人です。何かの証明写真を撮る時に、ふざけてちょっと(犬を)持ってもらって。性格が人っぽくてマイペースで、大好きなその子たちの名前を取って《モカとマイロ》という題名にしました。

瀬戸:この写真は、今6点しかないので、ちょっとわかりにくいかもしれないのですけれど、選考の段階では確か30点あって、すごく良いなと思ったのです。写真というのは見えるものしか写らないわけですけど、日常の断片を写しておきながら、目に見えない生活感が写っているような気がする。ですので、もうちょっと、展示でも、枚数を見たいなという感じです。これ、カメラは何ですか?

Ake:カメラはi PhoneとニコンのD7000を使いました。

細江:i Phoneとニコンの一眼レフで、ひとつの物語ができるという、これはまさに今日的だね。

 

 

 

2013年度YP購入作家 廣田千祐貴 (ひろた ちゆき)
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廣田千祐貴氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

廣田:今回初めてヤング・ポートフォリオで買っていただいて、とても嬉しく思っています。私は幼い頃、よく倒れたりすることがありました。それで肉体と精神をすごく別々に感じることがあって、肉体にとても興味があるので、そのことについて、何だろう、と考えて作った作品です。

川田:これを審査で拝見した時に、僕は第一印象が猛烈に恐ろしくて、気持ちの悪い写真を撮る人がいるんだなぁ、もしかしたら男性かなと思ったのですよ(笑)。今日、初めて女性だということがわかりまして、それは何ら不思議ではないのですね。というのは、肉体と精神が何かバラバラであるようなことを言っていますが、それは皆バラバラなので、どちらかの側から物を見ようとすると必ず…、例えばですね、自分の内なる恐怖が出てくるのですね。廣田さんの場合も、見た形はとても美しい女性ですけど、心の中はやはりすごくグロテスクな恐怖でいっぱいなのだろうと。現在、写真のジャンルというものは、このように心理的なジャンルにまで飛び越えて入って来たのですね。ですから、数年前だったらコレクションの対象ではないですね。しかし現在ですから、これが非常に高く評価されてコレクションされると。とういうのは、自分の内面を深く見つめようとする往復運動ですね、肉体と精神の。それが写真でもイメージ化できるという、そういう最適な例だと思って僕は推薦しました。非常におもしろい作品です。

廣田:ありがとうございます。

 

 

 

2013年度YP購入作家 今村拓馬(いまむら たくま)
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今村拓馬氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

今村:ヤング・ポートフォリオで最初に買っていただいたのが2004年ですかね。(04、05、06、07、09、10、12年に購入)今回で8回買っていただいています。ずっと子供を撮っていて、震災以降は陸前高田の子供たちを撮り続けています。私は東北とは全く縁がなく、震災が起こってから陸前高田という名前を知りましたが、だんだん縁ができて、いろいろな人と繋がって。子供たちもそうなのですけれど、牡蠣の漁師さんとか、自治会長さんとか、いろいろな人たちと、まぁ半分飲みに行って、ついでに子供を撮っているんじゃないかと言われるくらいの感じで通っています。私自身はかつての風景を知らないのですが、これから先の未来は一緒に見られるのではないか、という風に思っています。同じ子たちを撮り続け、去年展示された子たちもここに2枚入っているのですけれど、ちょっとずつ成長しているという様子が、並べていただくと実はわかるのです。こうして、彼らがどういう風な大人になっていって、どういう風な陸前高田を作っていくのか、担っていくのかというのを私は一緒に見て行きたいなと思っています。

細江:僕が関心を持ったのは、陸前高田の子供たちが、非常に都会的な顔をしていることですよ。僕は都会と農村を差別しようという気など毛頭ありませんよ。しかし、現在の立場からこれを見ますと、あぁ日本がこのように変わってきているのだなと。それは背景が変わっているというよりも、もっと重要な、そこにいる人間の子供の顔が変わっている。そんな風に感じたのですよ。これはやはり、現代のすごいドキュメントであり、ドキュメントを見る時の、ひとつの視点ということも言えると思うのですね。ありがとう。

瀬戸:去年も拝見したのですけれど、同じ場所ですよね、陸前高田。一見、普通のポートレートなのですけれど、震災以降よく言われているように、写真が流され、アルバムもみんな失われた中で、ポートレートを見ると何かちょっとドキドキ感があるのですよね。つまり震災前と、それ以降のポートレートと見方というのが、ちょっと変わってきたのかなと思うのです。日本人の全員が、ですね。つまりこれは、彼ら彼女たちのアルバムなのですね。こういう作品を見る時に、撮影者である今村さんはもう既に関係ないと僕には思えるのです。この写真は誰のためにあるか。それは、彼のために、たぶん彼が何十年か後に見るための写真として残るのだろうなと。そんな風に思いました。

 

 

 

2013年度YP購入作家 木村 肇 (きむら はじめ)
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木村 肇氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

木村:今回初めて買っていただいた作品は、新潟のある小さな集落を昔からずっと撮ったもので、タイトルの《KODAMA》とは何か、よく質問されます。たとえば「言霊」という字には、魂とか自然に近い意味合いがすごく強いですが、「KODAMA」は、谷という字に牙と書く(谺・こだま)、何かもっと動物の存在や意味合いを込めて作った作品です。

細江:あなたの作品はすごく良いですよ。そして、作家であるあなたの立場からすれば、その説明で十分だとは思います。選考をする時はタイトルも何もない、作品だけです。しかし今は、なぜ「KODAMA」なのかなと感じるのですよ。もうすこし客観的な立場から、自分の作品をどのようにタイトリングするか、勉強のためにも、いろいろと考えた方がいいと思います。そうでないと、これだけの作品がむしろタイトルに負けてしまうというかな、余分なところで考えさせてしまうからね。タイトルを何十個も考えるということには、ものすごく意味があるのです。

瀬戸:僕は最近、会津若松の山奥マタギの人から聞いたんですが、クマというのは、一頭一頭の巣というか、冬眠する場所を全部把握されているんですってね。春先にそこへ行って、何頭分と決められたものを仕留めると。だからマタギは、山を歩いてクマを探しているわけではないんですよね。

木村:僕が知る限りでは半々ですかね。僕が行った時は、足跡を追いながら探すことも何回かありました。けれど、たぶん、ベーシックなのは、先ほどおっしゃられた方法だと思います。

瀬戸:地元の人は居場所が相当わかっていると聞いて、僕はビックリしたんですよ。それと、もうひとつは、プリント。古臭い、というか60、70年代の懐かしさを感じるのですが、どうなんですか、若き君としては。

細江:瀬戸さん、なぜ古く感じるかというのを説明してくださいますか。

瀬戸:そうですね、トーンの問題なのですね。60、70年代、僕らが写真を始めた頃は、技術的に空を黒くするなど、コントラストをつけてドラマティックに見せることが流行った時代で、それを通り抜けて来たからでしょうね。でも、その時代を知らない皆さんにとっては、逆に新鮮なのかを聞いてみたい。

木村:昔のことをよく知らないというのもあるのですけども、僕は、元々東京の郊外に育ち、こういう人里離れた所に行った経験がなく田舎への憧れみたいなのがあったのです。最初は、カラーでも撮ってみたのですが、あまりしっくり来ないし、よりイメージに近付けるためにモノクロで撮影しました。

細江:それで良いのですよ、古くないよ、決して。僕はモノクロが良いと思ったし、もしこれがカラーだったら、こういう強さが出て来なかったと思いますね。

 

 

 

2013年度YP購入作家 楊 哲一 YANG Che-Yi
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楊 哲一氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

*レセプションに出席しなかった台湾の作家、楊 哲一の作品《山水(六) Shan Shui(6) , 2008 》について、川田喜久治氏が、2013年度YPの中でも特に印象深い作品として講評くださいました。

川田:作者がみえない写真を講評するのが、僕は大好きなので(笑)。どうしても、作者がいますと思ったことを言えないのです。今回の第19回のヤング・ポートフォリオの中で、選考委員の全員が、最もスケールの大きい写真を見せてくれたなと感じました。ただスケールだけだと、ご存知のように西海岸のアメリカの偉大なる作家がたくさんおりますが、その人たちとはまた別な目を持ったアジアの目だと僕は確信しております。これだけの山を人工的に切り開いた所というのは…、仮にですね、所有したいという写真があるなら、この写真を3点とも所有したい、そういう気持ちになります。これを我が家に置いて、自分がオリジナルプリントを所有するという、そういう発想で、考えているわけなのです。これを所有した場合にですね、夜から昼、常日頃、特に夜などですね、一人でふと起きて家の中を歩いた時に、これを自分の部屋に飾っておいた時の広大なカタストロフ感(破滅的な感覚)、これは圧倒的なものがあると思うのですね。作者が相当大きなサイズに伸ばしている、その着眼も良いし、僕は今でもこれを頭の中に映像がなくても残っていた、一番推薦した作品です。そういうわけで非常に良い作品だと思います。

細江:もし作者があなたに買ってくれといったら、いくら位までなら買います?(笑)

川田:いくらでも出します!(笑)。

瀬戸:実は先月、台湾に行った時に、彼に会いに行こうと思ってアポを取ったのですけど、会えなかったのです。

川田:先に買わないでくださいよ(笑)。

瀬戸:いえ、そうではなくて(笑)。僕らのPlace Mというギャラリーで展示してもらおうと思って、その相談をしに行ったんです。けれど、会えなくて。

川田:写真の見方も、自分が好きな作品があったら、自分の手の中に所有する。そういう発想が、だんだん生ま

れてくると思いますので、皆さんもこれは自分のものにしたいといった時には、相当目が変わってくると思います。

 

 

 

2013年度YP購入作家 根本真一郎(ねもと しんいちろう)
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根本真一郎氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

根本:東京の街を歩いて撮った人の作品です。僕がこだわっている点は、人の一瞬の生々しさ、グロテスクな瞬間を、パッと演出したような感じで撮ることです。タイトルの《東京人形》、人形は、人の形という風にも読めますし、写真で人の形をはっきりとさせることで、人間をもっと強く表現したいというコンセプトです。

細江:歩いている人に、写真撮らせてくださいって言うんですか?

根本:いえ、撮らせてくださいと言ったことはないです。大体、真正面からパッと、本当に単純な撮り方ですけれども。

細江:ちょっとその時の状況を説明してくれますか。

根本:浅草はけっこうカメラを持っている人が多いのですが、例えば雷門とか、景色を撮っているフリをして、この人(被写体)が、偶然その前に出て来た、というような感じで撮りました。急に撮ると、だいたい驚くのですが、それが怒りに変わるまでに、けっこうタイムラグがあるんです。だから、その間に立ち去る。僕、かなり速さには自信あるので。

細江:カメラは何ですか?

根本:これ(NEW MAMIYA 6 中判のカメラ)です。フィルムはトライX、ストロボをマニュアルにして常に使用しています。被写体との距離は、大体1m20~30cmくらいと決めています。

瀬戸:1枚撮ってみて(笑)。

館長:撮らなくてもいいけどさ(笑)。

根本:…大体このくらいにして…、こうです(パシャッ!と撮影)。

一同:(笑)

細江:こういうのを持っている人には気をつけなくちゃいけないね(笑)。だが、今のあなたの、そのスピード感、何十年か経った時に、作品に臨場感が出るんですよ。最近はこういう写真を撮る人が少なくなった。かつての、いわゆるリアリズム写真の、スナップの時代にはこれが当たり前だったんです。当時はストロボなんか無かったから、知らないうちにパッと逃げることができたけれども。1発ストロボ焚いたら、もう2発目は撮れませんよね。

根本:そうですね、1発だけです。

細江:その瞬間、あなたはパッと離れていないと、やられますよね。

根本:はい(笑)。

細江:いや本当にそうですよ。そのくらい大変な写真だと僕は思います。写真家というのは…何と言うか、一種、時に人を傷付けるような時もあるのですよ。撮られて不快な気持ちを持つ人だっているかもしれない。だが、今は若いからできる。もう少し年を取ると、スリルのある写真は撮れませんね。そこをよく認識した上で、さらにもう一歩、突っ込んで撮ってみてください。

 

 

 

2013年度YP購入作家 坂口真理子(さかぐち まりこ)
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坂口真理子氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

坂口:私はもともと写真ではなくて、ダンスや演劇をやっていたので、人の身体の動きや日常生活の行為にすごく興味があります。例えばお風呂はお風呂場で入る、トイレはトイレでするという、別に誰が決めたわけでもない常識や慣習というのは、なかなか崩せないと思うのです。それが、ちょっと場所や組み合わせが変わった時、もし、ここではなかったら?と思った時に何かが生れて、私たちの生活が少し楽しくなればいいなと思って作品を作っています。

細江:平々凡々たるものと、極めて非現実的なものが一緒になった時に醸し出すおかしさと、恐ろしさと言いますかね。一種、批評的・批判的な疑問も出て来たり。そういう奇想天外な状況をセッティングして撮る、そういう写真家である。あなたはね。もっともっとこれを広げていったら、ものすごく面白いと思いますよ。

坂口:ありがとうございます。

細江:これをね、「This is JAPAN」というようなタイトルに仮にしたとします。ものすごい皮肉と諧謔とユーモアと、いろいろなものが出て来て、現代日本のある一面がぐっと出て来るといったような、そういう類の作品に成り得ると思うのです。やってくださいよ、まだまだあなたは若いんだから。

坂口:この作品が《訪々入浴百景》というタイトルでして、まだまだ撮影中ですので、家でひと風呂いかがという方がいたら、お声掛けください(笑)。皆さんが極々普通の生活の中で、ここでもやっている、こんなお家でもやっている、もしかしたら私の家にも来るかもしれない、という風に思った時に、ちょっとクスッと笑ってもらえたらいいなと思っています(笑)。

細江:ここにお湯が入っていますよね。どうやって入れたのですか?

坂口:だいたいのご家庭は、20mくらいのホースを持って行くとお風呂場なり流しなりに繋がるので、そこからいただいています。ちょっと遠いところは、非常用のウォータータンクで汲んでいます。

細江:お湯ですよね?

坂口:そうですね、たまに冷水の時もあります(笑)。

細江:終わった後、どのように処理しているのですか?

坂口:洗濯機の残り湯用のポンプを買って、ちょっと長めのホースを買って、いつも2、30mくらいのホースを2種類くらい担いでいます。

細江:ほぅ、すごいですね。これはあなたの友人たちの、あるいはあなたのお家?

坂口:そうですね、友人とか先輩のお婆様の家とか、紹介していただいた所です。これは私の祖母で、老人ホームに入居したので。老人ホームというと集団生活ですけれど、やっぱり日々暮らしている部屋なので。

細江:経営者には、どうやって頼みました?

坂口:普通に、「こういう作品を作っているので、いかがですか」とお願いしました。

細江:で、ここへ湯船を持って来て、お湯を入れますと。で、私が裸になりますと。だって、ここは病院の一室でしょ?じゃあ、院長先生にお願いしたんだ。

坂口:そうですね。「水、漏れないので大丈夫です」という風に。写真を見せて、以前、こういう所でやっていますと。院長先生も笑っていましたね(笑)。「大変ですね」っていう風に。

細江:そうですね、あなたがやっぱり若いからできたんですよ。これがね、ある年配の人がこれをやったら、「何をするんだろう…」と思うから。やっぱり若い内にしかできないことをやるべきだね。もっと、とてつもないことをね。

坂口:そうですね。若いうちに、百景撮りたいなと思っています。

 

 

 

2013年度YP購入作家 高橋尚子(たかはし なおこ)
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高橋尚子氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

高橋:私は写真を始めた10代の頃から撮っているものが特に変わらず、日々の中で、とにかく目の前で撮りたいものがあるから撮る、というだけのことをずっと繰り返してきました。テーマというと、結局はどうして私がそれを撮りたいのかということを考えていくことになるのです。ひとつひとつのものの背景の文脈というのはあまりなくて。ただ、ひとつひとつのものを通して、ここに存在するということは、光がここに確かに届いているということを確認するということが目的で。それを感じられることが、すごく私にとって重要なことなので、そういうことを感じられるものを常に探して生きているのかなと思います。

瀬戸:例えば、先ほどの坂口さんとか、山の作品の楊さんですね、ああいう写真はテーマがあって撮るので、わかりやすいと思います。でもこの写真は、その意味では、はっきりとしたメッセージとかテーマがない写真のひとつだと思うのです。けれど、その分、何か写真的なんですね。写真的というのは、ものすごく直感的で、ものすごく不安定で、その中でどう写真を成立させるかという。下手したら成り立たないことも有り得る中で撮っているから、僕は写真の緊張感が、ある意味で在ると思って選んだのですね。

高橋:ありがとうございます。

瀬戸:細江先生、いかがですか?

細江:全く同じですよ。これはね、絵でもできない、詩でもできない、物語でもできないといった類の、極めて写真的なものですね。直感的とでも言うかな。こういう写真は、数がたくさんあればあるほど、見応えがあると思うのですよ。今、展示している点数位ですとね、何を言っているかわからないとか、もしかすると誤解を受けるかもしれません。しかし、こういう写真で壁面がすべて埋まっていることを、皆さん想像してみてください。皆さんの狂気が誘発されるか、あるいは作者の気が狂うのか、というくらい、極めて戦闘的な写真に成り得ると思う。ちょっとした思いつきで数点作ることは、誰にでもできるかもしれない。でも百点これをやったらね、とんでもないと思うよ。そのとんでもなさが、この写真の特徴だと思うんですよね。そこを面白いと思ってもらえるということ、それは写真の鑑賞眼の幅が広がっているということですよ。ですから、あなた、ひとつの面白みを備えています。ぜひ、やれるうちに。これだんだんやれなくなります、だからやれるうちにやってください。

 

 

 

2013年度YP購入作家 田口 昇(たぐち のぼる)
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田口 昇氏(2013年度ヤング・ポートフォリオ)

 

 

 

 

 

 

 

 

田口:初めての応募で買っていただき、非常に嬉しいです。今回のシリーズは《Tele-Vision》というタイトルを付けました。その名の通り、テレビをi Phoneで接写しています。撮影したきっかけというのも、実は震災の日、僕は東京に住んでいるのですけれど、何とか家に帰れて、テレビの画面を点けたら、とんでもないことになっていて。でも僕自身は、東京で仕事もありますし、現地に行くこともできない。写真家として何ができるかということで直感的に感じたのは、手持ちのi Phoneでまずテレビを撮ってみようということでした。現在もまだ続けているのですけれども、時代の変化、例えば震災というひとつの事象があって、それがいつ終わり、人々の記憶からどれほど忘れられるのか、それを定点観測したいということが最初にありました。今回収蔵していただいたのは、2011年から1年間撮影した中から50点を応募して、その中から10点を選んでいただいたものです。

川田:これはつまり、フォトジェニックなのですよね。フォトジェニックなものを目の前から自分で排除してしまったら、写真というのは何にも成り立たなくなってくる。写真というのは、現象を全て写真化できるのですね。我々の日常の中で相当のウェイトを占めるテレビに向かって、なぜ撮らないかと、僕はかねがね思って、僕自身も撮ってはいるのですけれど、なかなか写真化できないのですね。そうしている内に、この写真に巡り会いましてね。写真というのは、カメラに正確な露出あるいは正確な露光を与えて、ブラしたりトーンを変えたりします。その場合、テレビの走査線が邪魔になるのですが、最近のテレビは、あまり気にならない。それと、高度なデジタルを使えば、あるいはi Phoneのようにプリミティブなカメラを使えば、そういうことはなく、人間が一番見たいという部分を見せようとする、欲望に満ちた写真になると思うのですね。ピントが合っていると、だいたい物だけに始終しますけれど、ボケることにより、背後の物、あるいはこの物の持っている中身、動きというものに関心が行くものなのですね。そういう人間の目のウィークポイントをこの作品は非常に突いていて、当時の3.11の例の不安、ひとつの終局を機にした、当時流れた画像の中から拾い出して、見事にそれ以後のドラマティックなシーンを描き切っていると思うのです。しかし、これだけを撮り続けてどこまでも行ってしまうことは危険ですので、これからはやはり、確たる見えるものを探して歩く、または見えないものを探す、ピントのシャープなものからですね。そういう繰り返しの作業をなさって、自分が求めるイメージに近付いて行ってもらえたらいいなと、そう思います。

展示室には、2013年度YP作品のほか、3名の選考委員の20代の頃の作品を、5点ずつ展示しています。当時をふりかえり、選考委員の方々に、それぞれの作品の前でスピーチいただきました。

 

 

 

2013年度YP選考委員 瀬戸 正人

瀬戸 正人(2013年度選考委員)

 

 

 

 

 

 

 

 

これらの写真の撮影地はバンコクです。僕はタイの田舎町で生まれ、小学校2年まで

過ごした後に日本に来て、家が写真館だったこともあって、カメラマンになろうと思った

のです。学校を出てアシスタントを終えたのが28歳。それで、さて何か作品を撮らな

きゃ、という時に思いついたのが、やっぱり昔住んでいた家を探しに行って、そこから

始めたいとバンコクに行ったのですね。今バンコクはちょっとした政変で、大変なこと

になっておりますけれど。撮るに当たってひとつ決めたのは「たくさん撮らなければい

けない」ということ。僕の先生である森山大道先生がそう仰っていたので、600本とか

800本のフィルムを持って行って、2ヶ月くらいでそれを撮り終えたら帰る。あるいは、

お金が無くなったら帰る。そういう感じで、とにかく写真漬けの体験を、自分で決めて、

やろうと思いました。当時ニコンサロンという登竜門があって、30歳までにそこでやらない

と、写真家になれないのではないかと、自分なりに何か思い詰めていたのですね。だから、

スナップショット、町の中で写真を撮る、人を撮るというのは、なかなか難しいのですけれ

ども、それをひとつひとつ乗り越えて、何か作っていく、そうでないと写真にならないの

だろうという、まずそういう写真的体験を自分でやってみたかった、ということが始まり

ですね。例えば、フィルムの数を平均すると1日十何本か撮らないと終わらないのですね。

もし今日、疲れて休んでしまうと、明日は20本撮らなければいけない。その翌日二日酔いだ、

どんどんどんどん借金のように増えていくという。ここに僕は写真の何か肉体性というか、

大事な要素があるのではないかと思っているのですね。なので、けっこう自分にノルマを

掛けたり、いろいろなリスクというか、その中で写真を作り上げたいなという風に思って、

ずっとやって参りました。

 

5/18YP公開レセプションを終えて

2013年5月18日(土)14:00-16:00に開催した2012年度YP公開レセプション。出席くださった15名のYP作家によるスピーチと、選考委員のコメントを、講評の順番にダイジェストでご紹介します。

2012年度YP購入作家 榎本 一穗(えのもと いっすい)

2012年度YP購入作家 榎本 一穗

榎本
私は、写真家として写真を撮りながら、横浜でタクシー運転手の仕事をしています。今回お買い上げいただいた3枚の写真ですが、いずれもタクシーの窓の中からカメラを構えて撮ったスナップになります。もちろんちょっと危ないので、お客様を乗せていない時に限っております。なぜそのように、そこまでして撮るかという事には理由がありまして、写真家として今見ている横浜の街を残したいという、強い思いがあるのです。普段街を走り、最初は流し見ているだけだったのですが、記憶の中に風景がどんどん積み重ねられ、それを作品という形で記録に残したい、それで今回のような作品になりました。いずれの写真も複数の風景と人物を重ねてプリントしております。ある時、同じ場所を通っても、そこには人物がいたり、いなかったり。そして、街を流しながらなので、見えてくる風景は次々と変わります。撮った後にそれらの写真を一度顧みて、記憶の中で繋ぎ合せて、一枚の作品として仕上げています。ぜひ、じっくり見て頂ければ幸いです。ありがとうございました。

2012年度選考委員・川田喜久治より 榎本 一穗への講評

この3枚のほかに、あなたのタクシーに乗車された人たちを、目的地かどこかで停まって記念写真を撮ったシリーズも応募されていましたね。それもよく覚えていますが、今回購入されたのは全部モンタージュした写真のほうですね。これを長く見ていると、モンタージュの弱さと強さがよく出ていると思うのです。あなたが実際に走っている車の中で得た実感というのは、机の上でやる2重の焼き付けとは、だいぶ違うのではないでしょうか。そのタイムラグ、遅れた感じ、そういう違和感があるのですね。ですから、私はその両方を感じて、1票を投じた作品であったのです。車の中から撮るというのは、被写体のすぐ眼の前まで行かず、ニュートラルに撮れるという、自由な視点がありますよね。その視点をしっかりと利用した作品だと思って1票を投じた次第です。

2012年度YP購入作家 林 典子(はやし のりこ)

2012年度YP購入作家 林 典子


最初の5枚が宮城県と岩手県で撮影した被災地の写真で、最後の6枚が福島です。私は震災が起きた次の日、友人の写真家と一緒に、当時は東北自動車道が使えなかったので新潟を回って被災地に入って行きました。最初はドイツの雑誌社の仕事で、取材を数週間していましたが、その途中で、私はニュースカメラマンではないので、自分の視点で被災地を追っていきたいと思うようになり、その仕事が終わった後は、自分のプロジェクトとして1年間、被災地を見つめた写真がこの写真です。福島で最初に撮影したのは2011年4月3日から、当時はまだ20キロ圏内の中に生活されている方、これから避難されていく方が何人かいらっしゃって、段々人の数も動物の数も少なくなっていったのです。何世紀にも渡って住人の方や先祖の方たちが生活してきた場所なので、その方々が残していった想い、避難時に残されたいろいろなサイン、例えば慌ただしく逃げて行かれたのでは、と思われる自転車に置かれたままの花束、津波から一時的に避難し、そのまま3月12日の夜、ロウソクを囲んで夜を過ごしたのかなと思われるような浪江の体育館、そういった気持を少しずつ切り取れたらと思いながら写真を撮りました。ずっと残っていくような写真を長いスパンで撮れたらいいなと思って、今もこのプロジェクトを続けています。

2012年度選考委員・鬼海弘雄より 林 典子への講評

林さんは、2011年度YPで、パキスタンのドメスティックバイオレンスの作品を拝見しました。(※註:鬼海氏は2011、2012年度YPを連続して選考)多分あれはダウリーという形で、結婚するときに花嫁の持参金が少なかったり、家族の中でいろいろな問題があると、夫が妻に硫酸を掛けてしまうとか、それはインドでも同じことですが、そういう強烈なものを撮っている。すごく感心しています。そして、眼に余裕があるのですよね。ギリギリのところで焦点を合わせているだけでなくて、割合とハンドルの遊びみたいな、眼の緩やかさがある。写真の一番重要な、他の表現にはできない事、それはドキュメンタリーだと思うのですね。今は写真がアート、アートと言われていて、独り歩きしていますけれど、それは現代美術に写真が擦り寄っているという感じがあります。写真というのはレンズとカメラという「モノ」を使っているのだから、そんなアートほどのものには負けないのだ、という気持ちが私にはあるのですが、そういう点で、林さんが今後どのような形で自分の写真を撮っていくのか、非常に興味がありますね。一点一点、自分の視点がぴたりと合っていて見事だと思っています。頑張ってください。

2012年度YP購入作家 今村 拓馬(いまむら たくま)

2012年度YP購入作家 今村 拓馬

今村
これは震災直後、一ヶ月経っていない頃からずっと、陸前高田に通って撮り続けているシリーズです。この8枚は、2011年4月から2012年の3月までのものです。ここに写っている子供たちは、まだ継続して撮影していまして、その中の、この子とこの子は、実は2週間前のGWの時に、ここ(K*MoPA)まで見に来てくれまして、本人たちも非常に喜んでいました。いろいろな雑誌に発表したり取り上げられたりもしましたが、震災の直後と、ちょうど1年経った時に撮ったものを並べて、子どもたちの成長の様子や違いを比較して何ページかやったことがあるのですが、やはり並べてみると全然違うのですね。親御さんも「あらためて見比べると、震災直後は食べ物が無いから痩せているね」とか、「ちょっと表情がこわばっているね」とおっしゃっていました。比べてみることで、子どもなりに、この時いろいろなものを内包していたのだという事がさらに良くわかりました。私は今後も陸前高田に通い続けて行くのですが、彼らがどの様に成長して大人になっていくか、彼らがそこにずっと住むかどうかはわかりませんけれど、なるべく彼らに会って、写真を撮れれば撮って、彼らがどういう風に大きくなっていくのかを見続けていきたいと思っています。

2012年度選考委員・鬼海弘雄より 今村 拓馬への講評

あなたの写真は前から見ております。子どもの写真を撮っていて、もったいないくらいの視点だと思っています。他の人が撮った子どもと違うのは、人生における「子ども」「大人」という形ではなく、子どもの中に人生そのものを入れたいと思って撮っている写真だということなのかな、と思っています。他の人たちは、子どもと言うとすぐに引っ張ってくる形容詞がある。「いたいけな」とか「無垢な」とか。そうではなくて、あなたは人生の中の、あるいは人生の中で、人、老人も表したいから子どもを撮っているのではないかと思えるのです。そして、実に人を選ぶのが的確で、写真も上手だと思います。あなたがこれから、70歳になっても80歳になっても子どもだけを撮っていくのか、それとも別な形で撮っていくのか。非常に大きな、これからが岐路だと思っています。たぶん、こういう視点で風景でも物でも見られたら大丈夫なのですね。ですから、ある程度このフォーマットにこだわらなくてはならないのだけれど、こだわらないで、もっと自由になったらどういう写真を撮るのかなという気になる、そのくらい良い写真だと思います。

2012年度YP購入作家 DAN HONDA

2012年度YP購入作家 DAN HONDA

DAN
《dicker victims -ヨンピョンド爆撃後-》と、《sex slaves after -元従軍慰安婦の今-》、どちらも韓国で撮った二つのテーマの作品を購入いただきました。《dicker victims》は、政治的取引や、国家間という大きなものの間で駆け引きの犠牲になっている者たち、という意味です。私は大学の頃から平和活動に関わり、広島・長崎の原爆の写真展を世界各地で開催する手伝いや、語り部の手伝いをしてきました。そうしたバックグラウンドもあり、名古屋をベースに、戦争などの被害にあった人や物をずっと撮っています。この建築物は、2010年11月に韓国の北西の島のヨンピョンドに北朝鮮からの爆撃があり、約2カ月後に破壊された家々です。敢えて人物を写さずに人の息づかいが感じられるよう、建物自体を生き物として見て、傷ついた姿を撮っています。
こちらの作品は、元従軍慰安婦の方たちが集まって住まわれている養護施設のようなものがソウル郊外にあり、ナヌムの家と言いまして、そこに4、5年ほど前から通って撮影させて頂いている写真です。僕が最初に行った時は、7〜8人くらいのお婆ちゃんたちが共同生活をされていました。撮る時に心がけているのは、いろいろな人に正義があって、出身国、自分の立場によって見方が違うと思うのです。もちろん僕も自分の意見を持ってやってはいるのですが、なるべくそういう事を排除して、国の視点ではなく、被害にあった人たちの近くに寄り添うような写真を、その人たちの真実が伝えられればいいなと思い撮影しています。見る人によって、いろいろな見方をしてもらえればいいなと思っています。

2012年度選考委員・細江英公より DAN HONDAへの質問

細江
《sex slaves after -元従軍慰安婦の今-》の被写体である若い男性たちがお婆さんと一緒に居るのはなぜですか?
DAN
この時は、秋のチュソクという、韓国のお正月休みのような日で、家族がいないため帰省できず施設に残っておられる方が3、4人ほどいたのです。そこに兵役で軍隊にいる、たぶん19、20歳くらいの男の子たちが奉仕活動に来て、お婆ちゃんと掃除をしたりお話を聞いたりチュソクのお餅を一緒に作ったり、ちょうどこの時は、彼らがお婆ちゃんの足をマッサージしていたのです。
細江
これは写真集とか出版物として、あるいは雑誌などの形で印刷されて発表されていますか。
細江
我々日本人にとって、この作品が示す状況は、まだあまり知られていないですね。ですから、今のような話がステートメントに表現されていたならば、あなたの作品がより一層、理解しやすくなると思いました。出版物という形ならそれが実現できますね。なかなかすごい写真を撮ったと思います。

2012年度選考委員・川田喜久治より DAN HONDAへの講評

HONDAさんの写真が従来のルポルタージュ形式と異なるのは、オブジェだけに絞り1対1で対峙するというような、冷静な冷たいドキュメンタリーの面です。HONDAさんの中で、これから絶えず両方を見ながら進めて行ってもらえると、新しいドキュメンタリーの形ができてくると思うのです。今、細江館長が質問されたように、人物のほうは、完全に言葉が必要な写真なのです。一方、破壊された建築は、言葉を全く拒否して、なお且つ分かるドキュメンタリー、そういうふうに感じます。

2012年度YP購入作家 泉 大悟(いずみ だいご)

2012年度YP購入作家 泉 大悟


こちらは、私の家族が営む公営競技のオートレース用のバイクを造る工場で撮った写真です。約60年の歴史があり、週7間休むことなく、毎日4~5人の職人たちがバイクをバラして組み立ててという事を繰り返しています。この写真は、工場の人たちが休んでいるお昼休みの1時間の間に、ちょっと場所を借りて、これがバイクのサドルや工具が入っていたクッキー缶を撮影しました。毎日、「今日は何を撮っているの」と笑われながら撮っています。オートレースは華やかな世界ですが、工場は基本的には日が当らないような、オートレースの屋台骨みたいな感じで、裏から支えている場所になります。ちょうど、バイクの本体を支えている一つのフレームと一緒です。それで《FRAME》というタイトルを付けました。工場の社長は私の義理の母、先代の社長は義理の父です。私がこの写真を撮る前に義理の父は亡くなってしまったので、この作品を撮っているところもこの写真自体も見る事はできなかったのですけれども、今回このように収蔵して頂く事ができて、たぶんかなり鼻高々で喜んでくれているのではないかと思います。

2012年度選考委員・細江英公より 泉 大悟への講評

なるほど今の話を伺って、受け止めるものがありました。僕の感想を言えば、作品を見る側にとって、もう少し分かりやすい要素を加えていくと、この作品はもっと良くなると思いますね。たとえば、数行、あなたの心の中の、あるいは詩の一部とでも言うかな、そういうものを作品に付けることで、今あなたが言ったような事実とある種の神秘性とが融合しながら、作品として、もっと深い表現ができたのではなかろうか。そういう印象を持ちました。
註:ちょうどこの時選考委員が席をはずされた時間帯があり、泉さんへの講評が短縮されてしまいました。そこで5月30日、館長と学芸員、広報が、泉大悟さんの作品講評を再度行いました。
小川(広報)
YPは国内外から質の高い作家が応募してくれるようなり、購入に至るには3人の選考委員全員が良いと思わなければならないわけです。泉さんの作品はそうした中で2枚購入されました。2枚を少ないと感じる方もあるかもしれませんが、海外ではバングラデシュの作家アカシュのように、初年度が2枚で、次年度から多数購入されて大きなコレクションに成長したり、35歳を過ぎてから作家が活躍するケースも多くみられます。
田村(広報)
YPの最近の傾向からすれば、泉さんのようなモノクロのゼラチン・シルバー・プリントは珍しいですね。モノクロ写真の持っている特質や良さに惹かれる部分はあります。
山地(広報)
最近はあまり見ないタイプの写真だと思いますし、「物」に対する並々ならぬ愛情を示しているところが見る人の心の琴線に触れるのだと思いますね。
細江
僕たちの世代にとっては、ある種の懐かしさみたいなものもあるな。そして「形」、デザインという意味での素晴らしさがありますよ。
山地
実は今年のYPのブックレットを作って頂いたデザイナーも、フライヤーに掲載する候補作品として泉さんの作品を選んでいたのですよ。
細江
なるほどね。たとえば、この作品がもっと大きなサイズである事を想像してみるとね、今のこの緻密さは失われると思いますよ。やはり、実質的なキメの細かさというか、実体がここにあるような感じがするから、ある種の感動を与える。だから、この作品は今のサイズであることが重要なんだよ。
山地
これ以上も以下もない大きさなのでしょうね。そして写真だからこそ、実体よりディテールが見える。肉眼ではこれほどの質感は見えていないはずだけれども、撮る事によってこの作家の意識したディテールがちゃんと見えてくるということでしょうか。
細江
そうだね。この作品は、写真のサイズという意味でも問題を投げかけてくれた。写真には、これ以上でも以下でもない最適なサイズというものがある、という事をこの作品が知らせているのではないだろうか。

5/31(金)、仕事の都合により5/18のYP公開レセプションに参加できなかった2012年度YP作家・冨田寿一郎さんが、K*MoPAに来館。館長の細江英公にかわり主任学芸員・山地裕子より作品永久コレクション証書を授与しました。おめでとうございました。

2012年度YP購入作家 前田 しおん(まえだ しおん)

2012年度YP購入作家 前田 しおん

前田
タイトルの《DRESS-up DOLL》は、着せ替え人形という意味です。私は元々ファッションが好きで、よく雑誌やデパートのディスプレイなどを見るのが好きです。ふと、現代の女性が人形に近付いている。メイクやファッションなど、ドールメイクが流行る様に人形に近付いていると感じました。マネキンは、元々人間を具現化したものなのに、人間がそれに近付いているという関係性がすごく面白くて、それを表現したいと思って撮り始めました。この作品はフィルムで撮っているのですが、色彩や服装のコーディネイト、ポージングなども自分で考えて、できるだけ自分の頭の中のイメージに近づけるようにして、着せ替え人形がドールハウスの中を自由に動いている、というコンセプトで撮っています。これからも撮り続けて行けたらと思っています。

2012年度選考委員・細江英公より 前田 しおんへの講評

大変良いですね。この作品は今あなたが説明した事で、より分かりやすくはなりました。しかし、今あなたが考えている事をもっとギューッと突き詰めて行くと、見せられる人がグッとなるというか、見せられる人の方が恥ずかしくなる、つまり現代風俗批評とでも言うか日本の女性の批評とでも言うか、そういう奥深いところにまで突き進んでいけるような気がします。あなたのような感覚で撮る今の若い写真家はそうたくさんいませんから、非常に貴重な人だと思う。頑張ってください。

2012年度YP購入作家 石倉 徳弘(いしくら とくひろ)

2012年度YP購入作家 石倉 徳弘

石倉
この作品は6年前ほどから撮影を開始しております。撮影地は主に繁華街で、地方で撮影する事もあります。撮影方法は、街で気になった方に必ず声をかけて、了承を得てから撮影させて頂きます。被写体の尊厳を尊重する気持ちがありますから、全て真正面から撮影させて頂きます。僕は、外見も中身も個性的な方が非常に好きなのです。

2012年度選考委員・鬼海弘雄より 石倉 徳弘への講評

私は写真機というのは感性の表れとかではなくて、人と事を考える道具だと思っているのです。だから、写真機を向けるというのは、いつもエネルギーが要る事だと思う。エネルギーが無い写真は見たくないという感じなのです、人間を撮っても物を撮ってもどっちにしても。それにしても、よく声かけてきたね。私はこの人たちに住所を聞いて浅草に連れて行きたいくらいくらいですよ。(註:鬼海氏は浅草をホームグラウンドに長年ポートレートを撮影中)でも、非常にここで難しいのは、“変わった人”と“私”と“普通の人”で、どの辺から水脈で繋がっていくかなのです。そうでないと、被写体が“変わった人”というだけで表面反射して意味が深まって行かないのです。まだあなたは言葉にしてないのだけれど、たぶん声をかける時にどこかでそれを感じているから、勇気をもらって声をかけているのだと思います。あと、もう一つ。同じ画角で、こういう一定のトーンの表現で本当に奥行きが出るのかどうかを考えた方が良い。一回だけなら、同じレンズ、同じ距離感でも良いけれど、ボクシングだったら、ジャブもフックもストレートもないと、良いボクサーではないのですよ。こんなにエネルギーを出しているのだから、すぐしなさいという事ではないけれど、どこかで考えて撮ってみてくださいという事なのです。考えてないものは、いくら写真が進歩しても写る訳がないのですよ。だって写真というのは人間の行いですから。そんなに急ぐ必要はないですから、ゆっくりゆっくり、考えてやってください。でも実に、よだれを流したいくらいの人たちですね。話しかけて撮るというのは正解です、でも同じパターンですることはない。もっと引いたり何かしたり。あなたという人間との関係性が現われている表情だったら、もっと言葉が出てくると思う。すごいな、と感心して見ていました。

2012年度YP購入作家 川本 健司(かわもと けんじ)

2012年度YP購入作家 川本 健司

川本
《よっぱらい天国》というタイトルで、酔って寝ている方の風景を撮らせて頂いています。もちろん寝ている人も天国なのでしょうが、僕としては寝ている状況がすごく平和な、天国な状態だと思い、さらに周りの風景や状況が日本的かなと思いまして、これをずっと撮らせて頂いています。去年収蔵して頂いたものは、ずっと新宿を撮ったものだったのですが、より日本的なというか、日本をずっと記録しておきたいなと思いまして、今回は場所を変えて撮らせて頂きました。

2012年度選考委員・鬼海弘雄より 川本 健司への講評

川本君はよく知っておりまして、ずっとこのシリーズを撮っていることも聞いております。私に声をかけてくれるのだったら、ビール5本くらいで良い場所に寝てあげますけどね(笑)。これは冗談を言っているだけではなくて、物を写す時の、集中と拡散なのですよね。こうやって、ずっと酔っぱらいを撮るというシリンダーで自分の圧力を高めて行くと思うのですが、写真家としてこれからどうやって抜けだすのか、という事が気になると思うのですよね。ある程度同じようなものを撮っていても、かなり自由な遊びができるかもしれないという感じはしますね、これを見ると。そういう事をやっていくと、別な形に自然に降りて行って、別な方向にも行けるのかな、と思っています。このシリーズも今年で8年目くらいですか。昔から干支が12年であるように、人間のする事というのは、何事も10年とか12年かかるのが当たり前なのですよ。今は世の中がすごいスピードで回っていて、何でも計算できると思ったらとんでもないと私は思っていますね。だから、川本さんもあと2、3年やったらいいじゃないでしょうか。

5/18レセプションでは、YPの年齢制限により2012年度が最後の応募となったYP作家髙木氏から取材中のケニアより感謝のメッセージが届きました。※写真は昨年のYP公開レセプションの高木氏。

2012年度YP購入作家 髙木 忠智(たかぎ ただとも)

髙木
皆さま 現在取材中のため欠席いたします。
K*MoPAへの収蔵は、我々、若い写真家にとっても、作品を見る人にとっても非常に意義があるものです。写真を撮り続ける意思がある人に対し、エージェントやギャラリーを通さずに、直接 プリントそのものを作品としてとらえて、意義を見出してくれる。広告・アート・ドキュメンタリーなどの枠を超え、写真に表した現代の社会や、その人の思考、現代に生きる体験を、永久に保存し、人類の共通の資産として現代に生きる人々や後世に生きる人々へ伝達するために残す。清里フォトアートミュージアムに収蔵されることは僕にとっても励みになりました。若く、そして、これからの一生を表現者として貫く意志がある写真家はどんどんヤング・ポートフォリオを活用して行ってください。きっと数十年後に見直した時に、社会に対しても自分に対しても誇りに思えるでしょう。

ケニア・ナイロビにて 髙木 忠智
2012年度YP購入作家 松本 真理(まつもと まり)

2012年度YP購入作家 松本 真理

松本
私は旅行が好きで、いろいろな国を周っています。旅行が好きな前に私も変わった人の生態を見るのが趣味みたいなもので、一番ハマった国がキューバでした。2007年から5年間連続でキューバに通い、今回買って頂いたのが、2010年・2012年の4枚です。キューバで一番面白いのは、中年女性だと思うのです。キューバ人は身の上話をするのが大好きで、中年くらいになって来ると女の一代記のような話を皆が語ってくださって、それが面白くて写真と同様に旅行を楽しみながら撮っていました。
細江
キューバ人というのはそういう感じがありますね。僕はキューバに1週間くらい居ましたけれど、相手が男だから向こうが警戒したのかな、やっぱり女性でないと撮れないかな。
松本
だいたい向こうから話し掛けてくれるのですよ。今でこそ中国人が一番多いのですけれど、私が行き始めた頃はまだ珍しくて「どこから来たの」と質問してくれて。だいたい自分の話を延々としてくれるのです。家にも招いてくれて、その話がまた面白いのです。キューバ自体が社会的にも歴史的にもいろいろあった国ですので、家族が海外に居たり、2、3回結婚したり、子どもと離れていたりとか、ためになるというか、感心する話をたくさん聞けるのが面白いと思います。

2012年度選考委員・川田喜久治より 松本 真理への講評

今、盛んに説明された話の面白味と写真が、不思議に全然違った問題を持っているのですよね。話した面白さと、写真のポートレートの面白さは全然違うのですね。それをどうしても共有したい場合には、やはりあなたはエッセイを書かなければいけないですね。そうすると、この写真もまた違った見方ができると思うのです。けれど、イメージが主体だとするならば、これはやはりもう少し勉強して、ポートレート自体が世界を表すとか、ポートレートの中の擬人化、人間が持っているいろいろな問題を一瞬にしてすくい取るようなドキュメンタリーにするとか、いろいろな方法がこれから探れると思うのですね。ですから、その辺が写真の一番困難なところでもあるし、面白いところでもあるという事ですね。それをどちらか両方に分けてしまうのが、ちょっと惜しいなという感じがいたします。

2012年度YP購入作家 村山 謙二(むらやま けんじ)

2012年度YP購入作家 村山 謙二

村山
この写真は、中国国境に接する街を巡って国境の外側と内側の街で撮影したものです。僕は「枠」というものに興味があり、国家、民族、宗教、あとは個人のアイデンティティーという「枠」を取り払うという考え方もあるとは思うのですが、僕はその存在を認識するという事から始めた方が、意味があるのではないかと思って撮影しています。写真としては国境の街を行っているのですけれど、国境的なものを撮るというよりは、街をうろうろして面白いと思った光景をスナップしていくという感じです。
細江
「枠」という事をもう少し詳しく、分かりやすく説明してくれますか。非常に面白そうな概念だから。
村山
僕も今、答えを探っているところなのですが、この国境を撮るまでは、国境なんて無い方が良いものだ、という考えを持っていました。国境という特異な環境にあって、民族のことを考える時に、初めて自分が日本人である事も考えました。そこに違いがあるという事が、僕にとっては魅力的で面白かったという事です。
細江
その違いが現れているのが、あなたの撮影した街なのですか。
村山
そうですね、漠然としていますけれども、それぞれに違いがある、という事を認識して肯定していく事が、僕にとっては意味がある事なのではないかと考えています。

2012年度選考委員・鬼海弘雄より 村山 謙二への講評

去年も見せてもらいましたよね。良い意味で、写真がドラマティックになっているのかな、と思っております。人間の敵意は「違い」と「同じ」の間に絶えず出てくるのですよ。「違う」が来た時は「同質性」が、「同質」が来た時には「違い」が問題になるのです。ですから、あなたも、自分の考えをエッセイに書けばいいですね。それで、何故に撮っているのかという理由ではなくて、今日はこのようにしてこういう風に見た、という形で書けば、もう少し写真がその線に沿って来るのかもしれないですね。これは魅力的な写真ですね。何でこういうのを撮るの、という感じがあってね。これをずっとやった方が良い。国家の光景はない方が良いけれど、文化的な形のアイデンティティーは絶対的に必要ですから、そういう余計な事を考えて写真を撮った方が良いのですよね、たぶん。どんどんやってください、国境は大変な所だと思いますけれど。

2012年度YP購入作家 千村 明路(ちむら あきみち)

2012年度YP購入作家 千村 明路

千村
砂浜に落ちている、漂着しているか投棄されたか分らない物を2008年から撮り始めている作品です。神栖という鹿島臨海工業地帯の下の方、日川浜という所に、風車がずっと立ち並んでいる場所があり、最初は風車を撮りに行ったのですが、段々と落ちている物が気になってそればかりを撮っていきました。震災前からずっと撮ってきて、震災後は特に福島からの物が多いようなのですが、かなり大量の物が漂着していました。この作品は、実は写真集でまとめるという話が撮り始めてすぐの段階から決まっていて、2010年に編集を一度終えたのです。ですが震災があって、これは震災を内包させて、この物たち、作品を撮ってきた訳ではないので、今発表してしまってはこの作品に込めた意図が伝わらないという事で、その時分での出版を見あわせたのです。
2011年、震災から半年経って、またこの場所に通いつめて、震災で流れ着いた物と併せて撮っていきました。震災前と震災後という二つを挟んで自分が撮ってきたという意味と内容を考え合わせて、去年、2012年に改めて出版させて頂きました。その直後に、こちらのミュージアムに収蔵という話を同時に頂いたのです。

2012年度選考委員・鬼海弘雄、川田喜久治より 千村 明路への講評

鬼海
皆さんの写真はどれを見ても良いのですけれど、やっぱり生写真というのは本当に良いですよね。やはり生写真でないと写真の良さが分からない。手触りとか舌触りとか言いますけど、写真はやはり「眼触り」なのですね。眼で見ると、作っている人の呼吸が伝わってくる。小さな印刷だったら、この良さなどは消えてしまうのですね。すごく面白い画角ですし、良いと思います。「眼触り」の悪い写真は撮らないで、「眼触り」の良い写真を撮る。でも「眼触り」の悪いものも、どこかで生かしようがないと写真が起って来ないのですよね。でもこの大きさで、この構図だから写真がピッと起って来る。生写真で見るという事は、あなたたちくらいの力があれば、10年か何年か掛けて、50や60までも、とにかく写真集を作りなさい。写真集を作れば毎回毎回が展覧会ですから。売っていれば。そうやってスパンをある程度長くしないと、世の中というのは本当に変わりやすいし、いつも波立っている訳ですから、手漕ぎボートはいつも方向感覚が迷うのですよね。どっちを向いているか。そうではなくて、自分の作品を撮って実践を残して10年後に写真集にする。そうすれば割とぶれないでやって行けるのかもしれない。とにかく、写真展と写真集を作ることを考えてください。
川田
鬼海さんが大きなことを言ってくれましたので、今度はグッと細かい事を言います。写真家というのは、撮る物と非常に関係があるのです。あなたが鹿島灘の海岸沿いで集めたものを僕は細かく見ているのですけれど、スプーンと電球とそれから古タイヤなのですね。それを超える物をぜひ探してください。これ以上の物が確かにもっとたくさんあると思うのです。それから、見た物との距離が全部同じなのです。これは一つの苦言なのですが、これから長く写真集を作るようですから、そのためにも、非常に点のように写るロングな視点というのも必要だろうと思うのですね。今現在はそういう視点があなたには必要がなくて、非常に至近なオブジェに対して心が動いているという、そういうプロセスがよくここで分かります。ですけれど、もう少しコスミックな宇宙的な砂浜の広がりがある世界に通じるような、そういう視点をあと5年くらい掛けて持ってください。

2012年度YP 大河原 光(おおかわら ひかり)

2012年度YP購入作家 大河原 光

大河原
僕はこの機会に、何故お墓を撮ろうと思ったかというきっかけをお話しさせて頂けたらと思います。言葉にしてしまうと、すごく当たり前で陳腐なように聞こえてしまうかもしれないのですが、やはり人の生き死に対する疑問であり興味です。それについて考え、取り組んでいくためのきっかけというか、場所としてお墓にも興味をもったと思っています。最初はお墓に近づいて撮影していたのですが、それ繰り返す中で霊園の外から撮ったカットを見た時に、自分の個人的な興味だけでなく社会との接点が持てたように感じました。そこから、東京の中で、霊園の外からいろいろなお墓を撮り始めていきました。この度、購入して頂いた事は、すごく今後の活動の励みになるので、これからまた頑張っていきたいと思います。

2012年度選考委員・川田喜久治より 大河原 光への講評

よくこういう所に興味を引かれて入って行かれましたね。僕はここに来る1週間ほど前に六本木の界隈を撮影していたのですけれど、悪名高い六本木5丁目という、外国人などの多い歓楽街がありますね。そこを入っていきましたら、突然このくらいの墓地があったのですね。周りは全部ビルに囲まれていた。その時、僕はこんなところに、と驚いて。その時は、墓だとは思わなかったのです。何か異次元の世界というか、驚いた訳ですね。それで、先ほどお話があったように、歩いていて突然見つけるというのは、写真家の一番本命としていいような眼だと思うのです。全てがそれから、そして深い問題に入っていく。大河原さんは、そのとば口に立ったという感じを受けますね。このコレクションをたくさんする事によって、これは非常に重要な文化的な資産となる、そういう可能性を秘めていますので、昨年の選考委員全員が、こぞって推薦した作品です。

2012年度YP購入作家 武田 充弘(たけだ みつひろ)

2012年度YP購入作家 武田 充弘

武田
インドに3ヶ月行ってきまして、帰国後、自宅に戻らずにこの講評会に出席した状態です。作品の撮影地、ニューギニアのドゥガ族の島は、我々の住んでいる所と違い、つい最近までずっと石器時代の生活をしていた所なのです。その濃厚な縦軸というか、縦軸という言い方を僕は撮影の時に勝手に言っているのですが、濃厚な時間を表現したいとずっと思いながら撮っています。それは歴史という意味ではなくて、単純な時間という意味で、時間のぎゅーっと詰まっている感じというのが写ればと思いながら、いろいろやっています。現段階では、このような作品になりました、という事です。

2012年度選考委員・鬼海弘雄より 武田 充弘への講評

レヴィ・ストロース(哲学者、思想家、社会人類学者)という人が、『ブラジルへの郷愁』という写真集を自ら出していますけれど、非常に良いのですよ。単なる報告ではなくて、何故ブラジルの人たちに愛を感じているかという。今、武田さんのこういう感じは、ほとんど民族学に近いのではないかな、と思っています。そういう写真がこれから本当に欲しい。単に、遺跡に行ってバチッと撮ったり、先住民の壁画を借りてくるとかではなく、今こういう人たちが生きているという事は、どういう事なのか。断絶しないで、それは現代の問題であるという形で書いてもらうと、もう少し深く行けるのかもしれないと思いましたね。そういう意味では勉強して。期待しますね。写真は写真、民族学は民族学ではないのですから。それをビッと写真でして。『ブラジルへの郷愁』を見てください、図書館にあると思いますから。実にね、こう上手いとかではなくて、お父さんが絵描きだったからそういうセンスがあると思うのだけれど、実に良い写真なのですね。人に対するメッセージですね。そういう萌芽があると思うのですよね。単なる前石器時代の人たちのレポートではなくて、その人たちの呼吸が私たちと同じ、こういう感じで生きて、自然を見ているという形にしたら―写真が今、もう脳梗塞みたいなのを起こしているのですけれども―こういう形や視線にしたらもっと写真が生き生きしてくるのかな、と思っています。大変な事だと思いますけど。写真撮るだけだったら考える事は無いけれども、こういう写真は、いろいろな事を考えてパチッと撮る。パチッとやれば写る訳ですけれど、写る過程が、写真は非常に大切なので。こういう民族学的な形で行って「石田栄一郎さん(文化人類学者・民族学者)」みたいな仕事をしてください。

2012年度YP購入作家 谷田 梗歌(たにだ こうた)

2012年度YP購入作家 谷田 梗歌

谷田
私は氷の写真を第一テーマとして撮っておりまして、最初の頃は天然の氷、あるいは冷蔵庫で作った人工の氷ですとか、いろいろ撮りながら、いわゆるネイチャーフォトの一環としてずっと氷を撮っていたのです。そうやって撮っている内に実は天然の氷も冷蔵庫の氷も自然の産物としての美しさを内包しているのではないかと感じるようになり、その頃にできてきたシリーズがこの《氷の肖像》シリーズです。天然の氷も人工の氷も等しく扱って、どれも同じ自然の美しさ、不思議さを内包している存在として一つ一つ扱って、言わば肖像写真のように、人間がパシッと写っている肖像写真をイメージして撮るようにしたシリーズです。

2012年度選考委員・川田喜久治より 谷田 梗歌への講評

非常に珍しい着眼だと思うのですね。皆、違ったものを撮っていますけれど、自然の造形の中で、またこれはすごく微視的なものですよね。眼の中に飛び込んで来ない物を、レンズを通して新しく視覚化する訳ですから。当然、変わった姿が出てくる。人間が認識できないものが出てくる。それで問題はその次なのですけれど、あなたの意識が何処とシンクロしているかという事が一番重要になってくると思うのです。それを開拓するというか、自分で探すという事になると、また違った言葉が出て来て、また違った造形に目が向くと思うのですね。ですから、そういう作業をどんどん繰り返すことによって、作家的な成長が達成できるという事です。非常に関心を持っていますし、きれいな写真ですし。やはり一つのドキュメンタリーでありながら、尚且つ、ある一種の形而上のフォルムを持っていると感じました。非常に面白い作品だと思います。

2012年度YP購入作家 髙橋 尚子(たかはし なおこ)

2012年度YP購入作家 髙橋 尚子

髙橋
私は、日常的に写真を撮り溜めた物から応募していて、今回は《心臓のカーテン》というタイトルでまとめました。基本的に太陽の光が射している時しか写真を撮りたいと思わない、曇った瞬間には撮る気がなくなってしまうという特性が、私にとってはすごく重要な事のように感じています。雲が出た瞬間に光が遮られる事で、もっとずっと遠くから、地球の外から届いている光がここに射しているという、その事が消えてしまうような気がして。とにかく、光がここに届いて、物に当って、その物に影ができているという、その事自体が私にとってはすごく貴い、奇跡的な事というように感じます。常にそう感じているかというと、そうではなくて、やはりこういった被写体、物に出会った時に感じます。一つ一つの物を撮りたいというより、その像を通してずっと遠くから届いている世界を感じたいという思いが強いです。ただ、奇跡的な事というと、きれいな事だったり明るい事のイメージがあるのですが、それだけではなくて、恐ろしい事であったり、もっと闇の部分であったり、いろいろな事が混在している世界だと思うので、そういった事がこの画面から伝わる様に撮っていけたらと思っています。

2012年度選考委員・鬼海弘雄より 高橋 尚子への講評

高橋さんの写真はいつも面白くて、びっくりしているのだけれど、ルール違反だよね。場外乱闘みたいな写真ですよね。《心臓のカーテン》というタイトルがすごく良いのですが、反面、心臓のカーテンという単語に、頭のほうが引っ張られるのではないかなと。そして、写真を選ぶ時は非常に難しいですよね。こういうタイトルにするとたしかに鎖が繋がりやすくはなるけど、今の段階で鎖の繋ぎやすい形でものを作るのは、あなたにとってはどうだろうという感じがしました。今はもっと自由に、もっと自分の眼を裸にしてバンバン撮った方がいいのかな。でも一々、これなどは素敵な写真ですよね。こんなのを誰も撮らないよね。これは被写体に、サブジェクトに全然おんぶしない撮り方だけど、こっちの一枚はおんぶしていますね。あなたのネガ帳を見たら、どんなだろうなという興味がありますね。まあ、バンバン写真を撮ってきてください。

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