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5/19YP公開レセプションと5/20ギャラリートークを終えて

新緑の鮮やかさが目に染みる2012年5月19日(土)、2011年度ヤング・ポートフォリオ(YP)選考委員の鬼海弘雄氏、都築響一氏のほか73名の方々をお迎えして、2011年度ヤング・ポートフォリオ公開レセプションを開催しました。


細江英公館長による開式の挨拶

2011年度ヤング・ポートフォリオ作家は、国内から9名海外から1名が参加。中央自動車道の事故渋滞のため、30分遅れて午後2時半からの開式となりました。


菱沼勇夫氏(2011年度ヤング・ポートフォリオ)

初めに当館館長・細江英公より2011年度ヤング・ポートフォリオ購入作家に作品永久コレクション証書を授与。続いてメインの講評会のために、会場を展示室に移し、当日参加した10名の作家による1分間のスピーチと講評会を行いました。


牧野智晃氏(2011年度ヤング・ポートフォリオ)
林 典子
この作品は、今から2年前の2010年にパキスタンに約3ヶ月間滞在して撮ったものです。結婚を断られた報復や家庭内暴力の延長で、硫酸を女性の顔にかけるという事件が多発していて、被害にあった方々と一緒に生活をしながら写真を撮らせてもらいました。私が写真を撮った女性達は15人位、今回購入いただいたのは、20歳のときに被害にあった22歳のセイダの日常です。彼女が入院していた病院で出会い、病院、そして村に帰ってからも家庭で一緒に生活をさせてもらいました。硫酸の被害者の写真は、海外のカメラマンによるポートレートも多く、傷の深さとか、硫酸がどれだけ人の顔を傷つけてしまうかを伝えるには十分だと思いますが、傷を負った後、家族とどんな生活をしているか、笑ったりするのか、そんなセイダの表情や姿を写真に残したいと思って撮影しました。彼女の強さを表現できたらと思っています。

林典子氏(2011年度ヤング・ポートフォリオ)

鬼海弘雄(以下、鬼海)
こういう形で、積極的に他人に関心を持ちながら制作するというやり方は、写真表現としてかなり重要な部分だと思います。最近の写真は社会的関心に対してほとんど目を向けない、自分達がどういう生きものなのかと考えることなくして写真は成立しないと思うのですがね。だから、若い人がこういう写真を撮ってくると本当にホッとします。写真というのは向日性といいますか、植物が光に向かうようにいろんな根をもっている訳です。今、そういう地味な仕事に対して、写真家は感性が勝負だなんて言っていますけど、感性以前に根っこのほうが大事なのですね。ここで掴んだ関心の根っこは他に移動しても良いのですから頑張ってください。

都築響一(以下、都築)

林さんが言われたように、欧米の報道写真家も結構この題材を撮っている。僕もたぶんそうすると思うのですが、感動的なポートレートを撮る方向に向かうと思うのですよね、ワンカットで絵画のように。それをせずに3ヶ月一緒に暮らしたというところが凄いな、と思います。やっぱり写真家である以上、綺麗な画面を作ろうという誘惑に抗するのが難しい時がある。しかし、そうではなくて、自分を抑えて粘着質に題材に寄り添っていくという姿勢、女性同士だということもあるのかもしれないが、すごく良い方向へ突っ込んでいかれたなと思います。どんどんパキスタンに舞い戻るとか、普通のセンセーショナルな写真ではない方向に踏み込んで、やり続けていってください。神様からやらされているのだから仕方ないですよ。

山内 悠
富士山須走口7合目という登山道の山小屋に年間150日間滞在し、目の前にある雲の変化を追いかけました。それを4年間くり返して延べ600日になっています。撮っている所は四方30mくらい。雨が降れば水を集める、晴れれば小屋のメンテンスをするという天気次第の生活の中で、この雲の下の隔たりや枠組みというものがどんどん外れて、自分たちは生かされているのだ、という感覚になっていきました。今、登山ブームで、多くの人々が富士山に登る2ヶ月の間に、何百年も続いてきたそこでの営みに矛盾が生まれていて、何かおかしいなということをずっと思っていました。だからずっと撮り続けて、自分達の頭上は空ではなく宇宙であるという事を、作品を通して多くの方に見てもらえたら嬉しいなと思っています。

左から、山内悠氏(2011年度ヤング・ポートフォリオ)と講評中の選考委員・都築氏、細江、鬼海氏

都築
この下は曇っていて、そこにいる人達は、曇ってるだとか雨が降っているとか大体不快な気持ちになっていますよね。だけど、それを突き抜けると宇宙があるっていう両方が撮れているから素晴らしいと思います。よくある空に浮かんでいる雲ではなく、これは雲海を撮っているようでいて、その下の生活を感じさせるところがある。ただの綺麗な写真ではないという事で見応えがあると思います。壁一面の大きなサイズで見たいですね。

鬼海
そんな沢山の時間で撮っているとは思いませんでした。いいセンスでパチパチ撮っているのかなと思っていたのだけれども、凄いエネルギーだと思います。何年間もずっと撮り続けていて退屈しませんか?こういう写真は決定的瞬間が無い訳だから、撮りだすと止めどなく撮れる。それをストップさせるのは大変ですよね。

山内 悠
6×7で、大体2時間くらい撮り続けます。太陽が昇って来る頃に”余白の時間帯”というのがあって、僕が写真を撮っている所がちょうど崖なので、映画”タイタニック”のシーンのように、雲の上に浮いているような、宇宙に浮遊しているような感覚になれるのです。太陽と月の間に地球があり、自分はそこに立っていて、生きる事を毎日やっている、そういう感覚の中で撮っていました。

鬼海
ビジュアルだけでなくて、こういう言葉を聞くともっと面白くなりますよね。

細江
宇宙にも何か生きもの的なコアがあるのかな、という事まで考えさせてくれる、宇宙的写真というべきですね。大きい世界を見せてもらっているという感じを受けました。やはりもっと大きいプリントがいいね。出来るか出来ないか分らないかもしれないけれど、出来る方向に積極的に頑張ってもらいたい。50年経っても同じ風景がまだあるという事なのだから。何時やってもいい訳だ、出来る時に。

川本健司
「酔っ払い天国」シリーズを何年か撮っていて、初めは被写体の酔っている人達に興味を持っていたのですが、徐々に、実はこの人達を撮りたいのでは無い、その状況というか風景を残したいのだ、という事に気付きました。そこで、もっと背景などを緻密にきちっと記録したいと思い、大型カメラで撮りました。これは以前、都築さんに写真を見て頂いた時に「4×5で撮ってみたら?」と、アドヴァイス頂いた事もあります。今もこのシリーズは撮り続けていますが、初めて大きいフォーマットで撮ったものがこれです。

川本健司氏(2011年度ヤング・ポートフォリオ)

細江英公(以下、細江)
この人物が、今の東京、あるいは大阪という大都会の孤独感を背景に写っている訳ですね。4×5を使ったのは大変に必然性があったと思います。この小さな文字まで見えるようなディテールの描写は、観察者としてのあなたの立場を明快にしていると思います。35mmでパパッと撮ったものでなく、モノと全体の空気とあなたとの関係が見事にひとつの物になっているという感じがする。ある意味では非常に寂しい写真ですし、ある意味ではぐっと都会の冷たさ、人間の弱さが感じられる優れたドキュメントであると思います。あと何十枚か同じようなものが生まれたら、さらに内容が深まるであろうし、見る者が様々なことを感じる「人間写真」とでもいうような凄いシリーズになると思います。

鬼海
地面の酔っ払いの方に三脚を置いたのではなくて、川本さんが自分の方に三脚を置いたのですね。これは相当の根性がないとできませんよ。細江さんが仰ったように持続していくためには、1時間に60枚とか、除夜の鐘は108回だとか、1年は365日だから360枚とか、括りを付けてやらないとなかなか難しい。マンネリにならないように。時間と、ある種の怖さを恐れずに、逃げずにやるのが決定的に大事ですね。写真というのは暴力的な物ですから、他人に写真機を向けるという事は何時だって怖い事なのです。「それ以上の物を作りたい」というパッションが無い写真はダメなのです。もう40年くらい写真をやっていますが、何時でも「なるべくだったら写真撮りたくないなぁ」と思うのです。「あぁ、止そう」と思うけれども「パタン」とファインダーを開けた瞬間、別の人格になるのですね。写真は他の芸術作品と違って観念的なものではできない。全て現実そのままであり、フィルムとレンズという冷たい化学的なものでしか記録できないのです。それだけなら単なる定点観測になる訳ですが、三脚を付ける、立てる時の決断・決意が写真を作家のものにしていくと思うのです。これをやるのであったら、徹底してやって欲しいですね。

都築
僕はこの人を少し知っているのですが、かなり徹底して酔っ払いばっかり撮っているんですね。大型カメラを使ったら、というアドヴァイスは、写り込んでいる街の空気感が素晴らしいと思って、酔っ払いをポイントにしてそれを切り取って欲しいという思いで言ったのです。細江さんの仰るように、確かに都会の孤独が表れている、その一方で、私も酒飲みだからわかるのですが、寝ているオジサンたちにとっては、メチャクチャ気持ち良い時間なのですね。もう起こされたくない、出来ればほっといてくれ、という感じがあって、似たようなことをしている身としては、冷たい空間の中、なぜか寝ているエリアだけに温かいゾーンがある。ホームレスが寝ているのとはまた違う。そういう不思議さが川本さんのこのシリーズの、ちょっと秘められた面白さになっているのかなと思います。これからも酔っ払いから眼を背けることなく、頑張って続けてください。

髙木 忠智
皆さんもご記憶に新しいと思いますが、昨年の3月11日に起きた東日本大震災を撮ったものです。私は新聞社や雑誌社の仕事で震災の約2日~3日後から現地に入り、車の中で寝泊りを繰り返して2ヶ月ほど東北で取材をしていました。今回のパノラマ写真は、360°全ての景色が壊されていたという衝撃を受けて、1枚の写真では私の実力では捉えきれないと感じたためです。亡くなった方々もたくさんおられます。現在も取材を続けていまして、パノラマで、この1年後に全く同じ場所で撮っています。また遺族のその後の生活を追って取材をしております。今後も継続して取材をしていきたいと思っています。

髙木忠智氏(2011年度ヤング・ポートフォリオ)

鬼海
凄い写真だと思います。淡々と撮っている。パノラマというのは一つの仕掛けで物を作る時に芸術作品風になるのですが、全体的にじっと風景を見て写真を撮っている。(異なるフォーマットの写真を見て)私はこの作品とこの作品は全く別人が撮影したと思っていたのですが、どちらも髙木さんだった。こうした空間を撮るということに感心しました。こういうのはキツイです。しかし写真というのはやっぱり現実を見るレンズですから。素晴らしいと思います。

都築
新聞の仕事で取材に行かれたと仰っていましたが、(異なるフォーマットの写真を見て)僕たちがメディアに求められる写真というのは(パノラマではなく)こっちだと思うのです。パノラマというのはフォーマットの性格上、あまり表には出てこない。雑誌に載せると小さくなってしまうのでね。撮られている主題については何も言うことがないので写真だけのことを言うと、僕もパノラマが好きで専用のカメラを買ったりするのですが、横長にしていくと逆に視線が拡散していくのですね。中心が無くなって、漠然と景色が広がっていく感じがある。いつも、もっと全部を見せたいなと思ってパノラマで撮るのに逆効果になってしまう事があるのですが、この被災地を撮った作品は、1箇所に目が行かないで、どんどんあっちへこっちへと行くというパノラマ写真ならではの不思議な効果を見て頂けたら良いのではないかと思います。

講評会の後は、招待者、一般参加者、選考委員とヤング・ポートフォリオ作家の懇親会。講評会では語りつくせなかったことを鬼海氏と一対一で掘り下げる作家、持参した新作について、館長・細江の意見を真剣にもとめる作家、都築氏より「僕のwebサイトで連載してみない?」と声をかけていただいた作家もあり、若手写真家にとって、例年以上に刺激的な場となったようでした。この日が彼らの成長に少しでも役立つことを願います。


アメリカから駆け付けたイ・ジュンヨン氏(2011年度ヤング・ポートフォリオ)

エントランスホールにて、2011年度ヤング・ポートフォリオ作家と選考委員
翌5月20日(日)午後1時~3時には、選考委員によるギャラリー・トーク。
鬼海氏、都築氏、館長の細江がそれぞれ注目する作家をセレクトし、講評や感想を語ってくださいました。

アブヒジット・ナンディ氏(インド)への講評
鬼海
私の写真はこちらが心を開いて相手にも開いてもらう、というやり方だけど、この人はshoot、まさに狙撃手のように撮影している。シャッターチャンスが良くて、ちょっと悔しいくらいだな。なかなかこうは撮れないですよ。黒くて強いプリントといい、自分はこう撮りたい!こう見せたい!という非常に強い気持ちが伝わってくる。普段着のインドじゃなくて外国人に見せるインド、という意識が見えなくもないが、これからメイン・ストリームに乗っていく写真家ではないかと思います。

ナンディ氏の作品を講評する鬼海弘雄氏
G.M.O.アカシュ氏(バングラデシュ)への講評
細江
彼は、毎年数多くの作品を応募してくれて、購入枚数も大変多い作家です。プロフェッショナルのフォト・ジャーナリストだからこそ、ここまで突っ込んで被写体と向き合うことができるのではないかと思いますよ。
都築
まっすぐに生きて、伝えたいことがあって、まっすぐに写真を撮っている、という健全さを感じます。
鬼海
それをストレートに表現できるのも写真家としての上手さがあってこそですね。

作品を講評する細江英公館長
アレクサンデル・ドゥライ氏(ポーランド)への講評
鬼海
非常に上手い。上手さというのは、自分なりの歩き方をつくるための上手さ。当然上手いだけじゃダメなんだけど、それも必要なことですからね。だから私は、音楽やその他の芸術の世界のように、写真の世界にもある種の競争が必要ではないか?と、思っているんですよ。この人の作品は、大きなプリントで、見せ方も良い。こうして美術館に展示をして見ると実に素晴らしくて、印刷物では出にくい魅力がある。この女性の柔らかく静かな表情からは「この人の持っている時間を撮る」という作家の姿勢が感じられるんですよ。良い写真とは、被写体と写真家の関係ではなく被写体と作品を見る人との関係をひっぱり出せる写真で、これはそういう写真だと思います。

Gauchito Gil Museum, 2006 Guillermo SRODEK-HART
ギジェルモ・シュロデック=ハート氏(アルゼンチン)への講評

都築
この村での生活がよくわかる。小さい暮らし、その人を取り囲むモノを撮影することによって、そこで生活する人自身をむき出しにしている。写真の魅力である“さらけ出す面白さ”がある。見えるものから見えない世界にまで固執していくような。作家が「この場所が好き」という感じが、すごく伝わってくるんですよ。同じ目線、あるいは、ちょっと下から目線で撮影しているところが非常に好ましいです。デジタルでもいいので、webサイトでまとまった数の作品を発表するのを見たいですね。

關口寛人氏への講評

都築
これは高齢者向けの施設で撮影したのでしょう。擬人化された人形、主題と作家の目線がとても良い。被写体もカメラをまったく意識していない。僕は「自分ならどう撮るだろうか」と、他人の作品を見ながら常に考えてしまうんですが、色味について言えば、ここまで青色を強く、彩度を下げた感じにつくりこむ必要があったかどうか?生々しさをあえて避けているのかもしれないですけど。被写体の表情に、よく理解できるものと、計り知れない謎のあるカットがあり、いろいろなことを考えさせてくれる作品です。


關口氏の作品を講評する選考委員・都築響一氏

連日参加の高橋尚子氏(2011年度YP)にも講評が

2011年度ヤング・ポートフォリオ選考委員の鬼海弘雄氏、都築響一氏には二日間にわたり誠にありがとうございました。写真を学ぶ学生、写真の撮影や鑑賞を趣味としている方々、2012年度ヤング・ポートフォリオに応募された方など参加者は多様でしたが、選考委員がどのような観点から購入作品を選んだのかを直接聞くことによって、ヤング・ポートフォリオ鑑賞の面白さが増したと口ぐちに感想を語られていました。

2011年度ヤング・ポートフォリオ展は、6月24日(日)まで開催中。世界の若手作家の渾身の力作を、ぜひご高覧ください。

尚、5月19日(土)ヤング・ポートフォリオ公開レセプションの講評ならびに選考委員が自作を語った様子、5月20日(日)ギャラリー・トークの全文は、当館のヤング・ポートフォリオサイト「http://www.kmopa.com/yp_entry/」に後日掲載いたします。

文責:広報主任・小川直美 写真:学芸員補・野嵜雄一

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