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プラチナ・プリント収蔵作品展「永遠の時、きらめく」

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From the Platinum Print Collection: Glittering Through Eternity

会期:2015年10月10日(土)〜 11月30日(月)

休  館 日:毎週火曜日(ただし 11/3は開館)

■本展覧会について■

当館は、基本理念のひとつとして、古典技法のひとつである「プラチナ・プリント」に着目し、重点的に作品を収集してまいりました。本展はすべて、当館の収蔵作品で、プラチナ・プリントを発明したイギリスのウィリスの作品から、現代作品までの約130点を展示いたします。

現在、写真と言えば、デジタル画像をイメージする方がほとんどとなっているのではないでしょうか。 デジタルカメラが発明されたのは1975年。その進化と普及のおかげで、幅広い層が、手軽に写真を楽しめるようになりました。写真は、パソコンやスマートフォンのモニターで画像として見るもの、出力するためのデータであり、電子メディアと認識されているのが現状です。そのため、この20年の間にも、フィルムや印画紙の種類は大幅に減りました。しかし、全く生産がストップするということは無く、むしろ、フィルムの持つ味わいや、印画紙ならではの深みが、デジタル画像に慣れた世代の目に、今、新鮮な印象を与えているようです。

近年では、多くの著名な写真家が、過去に発表した代表作を、あらためてプラチナ・プリントに焼き直して発表するということが行われています。作家も、愛好家も、プラチナ・プリントの持つ階調の美しさや気品に惹かれ、この古典技法に熱気が集中しているのです。このことも、本年、当館がプラチナ・プリント収蔵作品展を開催する理由のひとつです。

本展のタイトル「永遠の時、きらめく」は、プラチナ・プリントの特徴である保存性の高さと、ルーペで表面を見たときに、実際に見える煌めきを表現しています。

プラチナ・プリントのもうひとつの特徴は、優美な色調と黒の美しさです。マットな紙の表面に、まるで墨の粉を盛りつけたような、また、吸い込まれる闇をイメージさせる漆黒があるからこそ、ハイライトの白が際立ってくるのです。

プリント表面のテクスチャーは、ベルベットのような、なめらかな質感を湛え、ルーペで表面を拡大して見ると、紙の繊維の中に定着した鉱物が光を反射して、キラキラと煌めいています。この光がプラチナ・プリントの証なのです。本展会期中、皆様にご覧いただけるよう、ルーペとプリントの見本を会場にご用意いたします。

■プラチナ・プリントの特徴■

鉄塩の感光性を利用し、プラチナやパラジウムを使用して焼き付ける写真の古典技法のひとつです。

黒の締まりに優れ、同時に白から黒までの階調の幅が豊かで、非常に微妙なグラデーション表現が可能です。

❸画像は引き伸ばし(拡大)することが不可能ですが、ネガと印画紙をピッタリ密着させて焼き付けるため、ディテールが失われず、細部の描写に優れています。 (ただし、近現代においては、拡大ネガやデジタルネガの制作も可能となっています)

すべての写真技法の中で保存性が最も優れており、画像は劣化・退色しません。

■世界最古のプラチナ・プリントを展示■

プラチナを印画に使用する試みは、ダゲレオタイプやカロタイプと呼ばれる写真術が誕生した1839年よりも早く、1831年からイギリスにおいて行われていました。そして、プラチナの印画紙が世に登場するのは、ウィリアム・ウィリス・ジュニア(英)が発明し、特許を取得した1873年です。

右の写真は、今から約140年前の1878年、ウィリアム・ウィリス・ジュニアが、英国王立写真協会にて技法を発表するために制作したプリントのうちの一枚です。《田舎の小屋》(Rustic Cottage)と題された画像の下には、「1878年12月、イギリス写真協会誌に発表する前に現像した」との記載があります。

*1878年は明治11年。  ウィリアム・ウィリス・ジュニア《田舎の小屋》1878年

プラチナ・プリントの歴史と復活、そして現在

19世紀から20世紀初頭までは、ウィリスの発明・特許を有した既成の印画紙が市販されていました。しかし、第一次大戦時にプラチナが軍需産業の重要な金属として使われ、また、物資が不足している時に、美術的興味だけで貴重なプラチナを使うのは国賊であるとまで言われ、急速にプラチナ・プリントは消えて行きました。

二つの大戦後は、銀塩の感度の高い印画紙(ゼラチン・シルバー・プリント=モノクロ印画紙)が作られ、比較的簡単に現像できる、引き伸ばしができる、安い大量生産が可能という点から、人々の関心は銀塩へ移ってしまいました。

1970年代に入り、アメリカの写真家アーヴィング・ペンが、プラチナ・プリントの美しさに魅了され、試行錯誤の結果、自身の作品をこの技法で制作しました。現代的な息吹を与えられ、プラチナ・プリントは見事に復活したのです。20世紀初頭のような市販の印画紙はありませんが、プラチナ・プリントの手法を蘇らせ、薬剤を調合・塗布して、印画紙を作ったのです。現在も、プラチナ・プリントは、手塗りの印画紙に露光・現像する方法で、写真家本人や、専門のプリンターによって制作されています。

カメラの変化とイメージの違い

現在使われているような小型カメラが生まれたのは1920年代。小型カメラとロール状の35ミリフィルムによって撮影は劇的にスピードアップし、「スナップ」を可能にしました。さらに、デジタルカメラは暗さにも強く、撮影後の処理やアウトプットのスピードアップを可能としました。

一方、本展でご覧いただくプラチナ・プリントの多くは、大型カメラで撮影したものです。大型カメラは、撮影までにどうしても時間がかかります。光の具合を見、被写体と対話するなど、じっくり向き合って初めてシャッターを押すことになります。スピードを優先する写真と時間をかけて作られる写真。プロセスの違いが、イメージに何をもたらすのかという部分にも注目して、ご覧いただければ幸いです。

デジタル画像が、写真を身近なものにした一方で、一瞬で消滅してしまう危うさや、ハードやソフトウェアの激しい進化の中において、二度と再生できなくなるリスクを持っています。しかし、プラチナ・プリントなどの古典技法は、薬剤さえ手に入れば「自分で作る」ことのできる写真であるということも、作り手にとっては魅力的な要素です。中でも、プラチナ・プリントの画像は、長い時間を経ても劣化・退色せず、永遠に残ります。それは、多くの写真技法の中でもプラチナ・プリントだけが持つ特質です。

100年前に写された時間が、そのままの姿で目の前にある ――  それは奇跡的なことと言っても過言ではありません。そのために、わたしたちは、プラチナ・プリントに焼き付けられた写真が纏う凛とした空気と、凝縮された時間の気配に、深く魅了されるのでしょう。

暖かみのある風合い、ベルベットのようになめらかな質感、優美な色調のプラチナ・プリント。この類い希な技法による豊かな写真表現の歴史と名作をどうぞじっくりお楽しみください。

主な出品作家(ABC順)

マヌエル・アルバレス・ブラボ / アルヴィン・ラングドン・コバーン / ロイス・コナー / エドワード・S.カーティス / ピーター・ヘンリー・エマーソン / フレデリック・H. エヴァンズ / ルイス・ゴンサレス・パルマ / 原 直久 / 細江英公 / 井津建郎 / ガートルード・S. ケーゼビア / ティナ・モドッティ / アーヴィング・ペン / エドワード・スタイケン / アルフレッド・スティーグリッツ / ジェリー・N.  ユルズマン / エドワード・ウエストン / クラレンス・H. ホワイト  

■プラチナ・プリント・ワークショップ■

当館では、プラチナ・プリント作品の収集だけでなく、技法の継承を目指し、毎年プラチナ・プリント・ワークショップを開催しています。手作りの印画紙に写真を焼き付け、現像する。フィルムに触れたことのない方も、写真の原点を体験することで、写真の新しい見方、あるいは表現世界の広がりを得ることができるでしょう。当ワークショップを通して、プラチナ・プリント技法を会得し、世界を舞台に活躍する作家も 出ています。

あなたもプラチナ・プリントに写真を焼き付けてみませんか? “永遠に残る 写真”をお持ち帰りいただきます。

本ワークショップでは、①当館収蔵のプラチナ・プリントを鑑賞、②館内の スタジオで、講師があなたのポートレイトを撮影、③水彩画用紙に感光乳剤を塗って印画紙を作り、④ネガを紫外線で露光し、⑤現像します。

暗室作業は初めてという方も、作品制作に取り入れたいという方も、 講師の細江賢治先生が丁寧に指導します。

水彩画用紙に薬品を塗り、プラチナ・プリント用の印画紙を作ります。

水彩画用紙に薬品を塗り、プラチナ・プリント用の印画紙を作ります。

現像液を流し入れると、画像が現れます。

現像液を流し入れると、画像が現れます。

◎日時:11月7日・8日(土・日)2日間

●講師:細江賢治(写真家)

参加費:30,000円(入館料を含む)

友の会・会員は27,000円

定員:8名 要予約

✻参加申し込みは、10月31日までに、ご住所・

お名前・参加人数をお知らせください。

 

 

 

 

 

 

 

 

■会期中のイベント:K・MoPAで星をみる会■

K・MoPA恒例、星の美しい清里ならではの秋の観望会です。秋の星空について、また天文学における最新の話題などを専門家にお話いただく少人数の気軽な催しとして「いつか行ってみたい」というお声も頂戴しています。

今年の開催日、11月15日は、夕方なら三日月が、月が沈むとアンドロメダ銀河を見ることができます。雨天の場合もレクチャーが ございます。講師の梅本智文先生は東北大学卒の理学博士で、K・MoPAの講師としてお迎えするのはなんと9回目。毎回テーマを変えてお話くださいます。天文ファンも初心者も、そしてリピーターの方も大歓迎です。どうぞ ふるってご参加ください。

K・MoPA正面にて金星を見る

K・MoPA正面にて金星を見る

◎日時:11月15日(日)午後5時~7時 

●講師:梅本智文(国立天文台 野辺山宇宙電波観測所 助教)

参加費:1,000円(入館料を含む)/友の会・会員は無料

定員:15名 要予約

✻参加申し込みは、11月14日までに、ご住所・氏名・参加人数をお知らせください。

 

 

K・MoPA開館20周年記念展「未来への遺産:写真報道の理念に捧ぐ」

Legacy for the Future: Dedicated to the Ideals of Photojournalism

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会期:2015年7月1日(水)~9月30日(水)

協  力:マグナム・フォト東京支社

後  援:公益社団法人日本写真協会、公益社団法人日本写真家協会、山梨県教育委員会、北杜市教育委員会

休  館 日: 7・8月は無休、毎週火曜日(ただし 9/22は開館)

 

 

 

■本展覧会について

初めて展覧会の行われたニューヨークのリバーサイド・ミュージアム。ケルテス作品の展示風景、1967年 ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

初めて展覧会の行われたニューヨークのリバーサイド・ミュージアム。ケルテス作品の展示風景、1967年
ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

<1967・68年、ニューヨーク・東京>

本展覧会は、1967年ニューヨークを皮切りに、東京をはじめ世界各地を巡回した展覧会“The Concerned Photographer”がベースとなっています。アンドレ・ケルテス、デイヴィッド・シーモア、ロバート・キャパ、ワーナー・ビショフ、ダン・ワイナー、レナード・フリードら6人の作品によるもので、当館のコレクションより全161点を初めて公開いたします。 “The Concerned Photographer” は、日本では1968年「時代の目撃者 ― コンサーンド・フォトグラファー」と題して展示され、 大きな話題となりました。

 

 

 

 

写真集“The Concerned Photographer”表紙 (Grossman Publishers, New York, 1968)

写真集“The Concerned Photographer”表紙
(Grossman Publishers, New York, 1968)

 

写真報道のパイオニアたち>

20世紀前半、テレビが普及する以前に世界の情報を得る手段といえば、圧倒的に写真雑誌でした。そして、機動性の良い小型カメラも出始め、写真家は、広く取材・撮影をすることができるようになりました。しかし、写真家の視点を強く主張する作品を発表できるようになるまでには、長い闘いの時代がありました。本展は、写真によって「自分は世界をこう見た」と表現する意志を貫き、地球を駆け巡ったフォトジャーナリストのパイオニアたちの作品を展示するものです。

パリ・ニューヨークを舞台に独自の写真表現を貫いたアンドレ・ケルテスは、後進のフォトジャーナリストに門戸を開き、特に1930年代のパリで、若きロバート・キャパを支えました。ワーナー・ビショフは、スイスを出て世界各地の人々の暮らしを、ロバート・キャパは5度の戦争を、デイヴィッド・シーモアは、キャパやカルティエ=ブレッソンらと写真家集団「マグナム・フォト」を創設、ダン・ワイナーは南アフリカなどで社会的な意識の高い写真を、そして若きレナード・フリードは、ニューヨークのユダヤ系社会の撮影からキャリアを出発させました。

当時の雑誌編集者は、絶対的な主導権を持ち、写真家の意図に反して写真がトリミングされたり、キャプションが変えられるなど、写真は、いわば文章に添える挿画に留まっていたのです。そこで、写真家の権利を守るため、ロバート・キャパらが1947年に設立したのが、今も存続する写真家集団「マグナム・フォト」でした。本展の6人の写真家のうち、4人(シーモア、キャパ、ビショフ、フリード)がマグナム・フォトに所属しています。私たちが今日違和感なく目にしている写真表現は、彼らが時代を切り開き、 闘ったことにより生まれて来たものなのです。

 

写真報道?報道写真?>

写真による報道、すなわちフォトジャーナリズムという言葉は、ジャーナル=日々の出来事を記すという言葉から生まれています。6人の写真家は、センセーショナルな物事に限らず、日常の営みの中にこそ見える人間性や、社会の少数派が正義と平等を求めるささやかな闘いに心を寄せ、その土地の特徴的な暮らしに寄り添いながら撮影することを道と考えた写真家たちでした。6人のうちの4人(シーモア、キャパ、ビショフ、ワイナー)が取材中に落命したという事実は、当時の撮影が決して容易ではなかったことを表しています。

私たちは、本展において、あえてあまり馴染みのない「写真報道」という言葉を用いることによって、報道写真やフォトジャーナリズムという言葉の持つ印象から少し離れたいと考えました。撮影の対象が、戦争であれ、自然であれ、日常生活であれ、写真家自身が、人間が生きることの真価を力強く表現した写真を撮ること。それを、私たちは写真報道の理念と表現しました。

 

未来への遺産>

彼らの遺した歴史的記録と、独自の視点と才能によって写真を 「社会と関わる芸術」に高めた作品群が、死後に遺失することを防ぐため、ロバート・キャパの実弟、コーネル・キャパは1967年、本展をニューヨークにて開催し、写真集を出版しました。その後、展覧会は、世界各地を巡回しています。そして、1968年にオランダで印刷された写真集“The Concerned Photographer”の、印刷原稿として使用されたプリントが、1997年にまとまった形で発見されました。当館は、それら全161点を収蔵し、保存しています。

写真史上に記され、人々の記憶に留められてきたこれらの写真。人類は、今世紀も、人種間の対立や差別、自然災害など複雑な問題を抱えています。さまざまな問題の本質に、勇気を持って立ち向かい、伝えようと取り組んでいる若い写真家たちにこそ、これらの写真に触れてほしい。そこに新たな胎動が生まれることを期待しています。さらに本年は、第二次世界大戦の終結から70年。戦争とは何かという問いに、私たちは今後も向き合わなければなりません。写真家にはどのような仕事ができるのか、写真にはどんな力があるのか、そして、美術館として写真と写真家をどう支えていくのか。K’MoPAの使命は、これらの写真を公開し、未来への遺産として次世代へつないで行くことと考えています。そのために、K’MoPAの開館20周年記念展として、今ふたたびこの展覧会を世に問いたいと思います。

 

アンドレ・ケルテス《アコーディオン弾き、ハンガリー》1916年 ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

アンドレ・ケルテス《アコーディオン弾き、ハンガリー》1916年 ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

 

 

 

 

 

 

 

 

アンドレ・ケルテス《マグダ、パリ》1926年 ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

アンドレ・ケルテス《マグダ、パリ》1926年 ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

ロバート・キャパ《フランス》1944年 © Robert Capa / International Center of Photography / Magnum Photos

ロバート・キャパ《フランス》1944年 © Robert Capa / International Center of Photography / Magnum Photos

 ワーナー・ビショフ《ハンガリー》(両親を戦争で亡くし、孤児院に暮らす少女)1947年 ⒸWerner Bischof / Magnum Photos

ワーナー・ビショフ《ハンガリー》(両親を戦争で亡くし、孤児院に暮らす少女)1947年 ⒸWerner Bischof / Magnum Photos

デイヴィッド・シーモア《イタリア》1949年ⒸDavid Seymour / Magnum Photos

デイヴィッド・シーモア《イタリア》1949年ⒸDavid Seymour / Magnum Photos

ワーナー・ビショフ《ヤシの葉を日傘にする農夫、カンボジア》1952年 ⒸWerner Bischof / Magnum Photos

ワーナー・ビショフ《ヤシの葉を日傘にする農夫、カンボジア》1952年
ⒸWerner Bischof / Magnum Photos

 

 

 

 

 

レナード・フリード《ドイツ》1966年 ⒸLeonard Freed / Magnum Photos

レナード・フリード《ドイツ》1966年
ⒸLeonard Freed / Magnum Photos

ダン・ワイナー《散歩中の家族、ソ連》1957年 ⒸJohn Broderick

ダン・ワイナー《散歩中の家族、ソ連》1957年
ⒸJohn Broderick

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レナード・フリード《ハーレム》1967年   ⒸLeonard Freed / Magnum Photos

レナード・フリード《ハーレム》1967年  
ⒸLeonard Freed / Magnum Photos

 

 

〈参考写真〉

 

1968年、高松宮妃殿下をお迎えして行われた銀座・松屋での「時代の目撃者 コンサーンド・フォトグラファー」展 同展の日本開催をコーディネートしたのは、写真家・久保田博二氏だった。 写真右から3人目、高松宮妃喜久子妃殿下、アンドレ・ケルテス、コーネル・キャパ夫妻、エンサイクロペディア・ブリタニカ日本支社長フランク・ギブニー、写真家・濱谷浩夫妻 ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

1968年、高松宮妃殿下をお迎えして行われた銀座・松屋での「時代の目撃者 コンサーンド・フォトグラファー」展
同展の日本開催をコーディネートしたのは、写真家・久保田博二氏だった。
写真右から3人目、高松宮妃喜久子妃殿下、アンドレ・ケルテス、コーネル・キャパ夫妻、エンサイクロペディア・ブリタニカ日本支社長フランク・ギブニー、写真家・濱谷浩夫妻
ⒸEstate of André Kertész, New York, 2015

銀座・松屋内展覧会場でのアンドレ・ケルテス(右)とコーネル・キャパ(左)、1968年      ⒸHiroji Kubota / Magnum Photos

銀座・松屋内展覧会場でのアンドレ・ケルテス(右)とコーネル・キャパ(左)、1968年     
ⒸHiroji Kubota / Magnum Photos

 

 

●展示作家略歴

ⒸDan Renore

アンドレ・ケルテス ⒸDan Renore

 アンドレ・ケルテス(ハンガリー / アメリカ、1894-1985) André Kertész

1894年、ハンガリーのブダペストに生まれる。幼い頃にグラビア雑誌を目にし、映像に熱中するようになる。1912年、ブダペスト商業アカデミーを卒業。初めてガラス乾板の入るカメラを買い、街の様子を撮影する。写真は独学だった。第一次大戦中、軽量カメラを持ってオーストリア・ハンガリー軍に従軍し、塹壕の中の生活を記録するが、戦後再び証券取引所の仕事に従事する。1925年、フランス・パリへ移住。多くの芸術家と親交を深めた。1926年から10年にわたりケルテスの写真がヨーロッパ有数の一流雑誌のページを飾り、その後の四半世紀に繁栄するフォトジャーナリズムに門戸を開いた。1936年、アメリカ・ニューヨークに移住、市民権を得る。1962年、13年間専属契約を結んでいたコンデ・ナスト社との契約を解消し、個人的な作品に専念する。1963年以降、ニューヨーク近代美術館をはじめ、世界各地で展覧会が開催された。半世紀にわたる作品から、瞬間を凝縮させる鋭い感受性、斬新なデザイン、優しい眼差しが、世界の人々を豊かな写真表現の世界に導いた。1984年、ネガや関係書類一切をフランス文化省に寄贈することを決意。1985年、ニューヨークにて死去。

 

 

 

ⒸMagnum Photos

デイヴィッド・シーモア ⒸMagnum Photos

デイヴィッド・シーモア (ポーランド、 1911-1956) David Seymour(“Chim”)

1911年、ポーランドのワルシャワに生まれる。1914年、家族と共にロシアに移住し、5年間暮らす。ワルシャワに戻り、1931年、美術学校を卒業する。同年パリに移り、ソルボンヌ大学で印刷化学を学ぶ。この頃から、フリーランスの写真家として活動を開始し、シムのニックネームで呼ばれるようになり、キャパやカルティエ=ブレッソンとも出逢った。1936年から38年までスペイン内乱をはじめヨーロッパの各地で取材。1939年よりメキシコに旅行ののち、ニューヨークに移住する。戦争中はアメリカ軍の軍属として、写真偵察やその解析にあたる。1947年、「マグナム・フォト」の設立に参加。1949年から55年にかけてヨーロッパ各国やイスラエルを精力的に取材、多くの作品を残す。この頃、ユニセフの依頼で各国のこどもたちを撮影した。1954年ロバート・キャパの死亡にともない、マグナムの会長を務める。1956年11月10日、第二次中東戦争(スエズ戦争)で、負傷兵交換の取材のためスエズ運河付近を走行中、エジプト軍の銃弾に倒れる。

 

 

 

 

 

ロバート・キャパ(ルース・オーキン撮影、1952年) ⒸMagnum Photos

ロバート・キャパ(ルース・オーキン撮影、1952年)
ⒸMagnum Photos

ロバート・キャパ(ハンガリー/アメリカ、1913-1954)Robert Capa

本名アンドレ・フリードマンとして、1913年ブダペストに生まれる。1931年、左翼運動に関わりベルリンに逃れる。高等政治専門学校で学ぶかたわら、写真エージェンシーで働き、コペンハーゲンで演説するトロツキーを撮影し写真の腕を認められる。1933年、ナチ化が進むドイツを離れパリに移住する。ここで後の「マグナム・フォト」の創設メンバーとなるカルティエ=ブレッソンやシーモアらと出逢う。1936年頃からロバート・キャパの名前で作品を発表し、スペイン内乱中撮影した「崩れ落ちる兵士」の写真で一躍世界的に有名になる。第二次世界大戦勃発とともに、1945年まで『ライフ』誌の特派写真家としてヨーロッパ戦線の重要な場面を記録する。特にノルマンディー上陸作戦の際、撮影された一連の作品は第二次大戦中の最高傑作とされている(本展でも展示)。戦後の1947年、著作『ちょっとピンぼけ』を出版した。同年アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デイヴィッド・シーモアらと世界的な写真家集団に発展する「マグナム・フォト」を設立する。1954年4月、初めて日本を訪れ、大歓迎を受ける。翌月、『ライフ』の要請でインドシナ(現ベトナム)で撮影中、タイビンで地雷に触れ死亡。5月25日その短い一生を閉じる。1955年、キャパの業績を記念して、ロバート・キャパ・ゴールド・メダル賞が設立され、以後毎年優れたフォトジャーナリストに贈られている。

 

 

 

ワーナー・ビショフ ⒸMagnum Photos

ワーナー・ビショフ
ⒸMagnum Photos

ワーナー・ビショフ(スイス、1916-1954)Werner Bischof

1916年、スイス・チューリッヒに生まれる。本人は画家を志望するが、父の希望で教員養成学校で学ぶ。途中でチューリッヒの美術学校に転校し、ハンス・フィンスラーより写真を学ぶ。1936年にグラフィック・アート・スタジオを開き、主にファッション写真を手掛ける。1942年より『ドゥ』誌の専属写真家となる。第二次大戦後、フランス、オランダ、ドイツなど戦災で荒廃した国々を取材し、ジャーナリスティックな写真を撮るようになる。1949年、マグナム・フォトの正会員になる。51年からインド、日本、韓国を数年に渡り取材し、『ライフ』『パリ・マッチ』『ドゥ』誌などで多くの秀作を発表し、国際的な評価を受ける。1954年、南米ペルーのアンデス山脈で取材中ジープが谷底に転落し死亡した。

 

 

 

 

 

 

ダン・ワイナー ⒸJohn Broderick

ダン・ワイナー
ⒸJohn Broderick

ダン・ワイナー(アメリカ、1919-1959) Dan Weiner

1919年、ニューヨーク市に生まれる。初めてカメラを手にしたのは15歳の時、プレゼントされたフォクトレンダー(小型カメラ)だった。画家としての独立を目指し、プラット・インスティテュートへ入学するも、ポール・ストランド、ドロシア・ラング、ウォーカー・エヴァンズらの影響を受けて、写真に転向。商業写真家の助手となる。第二次世界大戦中は、空軍専属の写真家となり、講師をつとめる。戦後、ニューヨークに自身のスタジオを開設、カタログ撮影用に婦人用の帽子などを撮影する。3年後、スタジオを閉鎖し、報道写真に専念。1953年、初の個展をニューヨーク・カメラ・クラブで開催した。翌年、ヨーロッパへ撮影旅行。1956年、コリアーズ誌のために、アラバマ州で始まった黒人のバス乗車拒否運動を取材。先鋭化する市民権運動をマスコミが大きく報道したのは、これが最初となった。亡くなるまでの10年間、アメリカの代表的な写真誌の委嘱を受け、ロシア、南アフリカを始め世界各地を取材した。繊細な感受性と社会的な意識の高さが高い評価を受けた。1959年、ケンタッキー州で取材中、飛行機事故で亡くなる。

 

 

 

レナード・フリード ⒸMagnum Photos

レナード・フリード
ⒸMagnum Photos

レナード・フリード(アメリカ、1929-2006)Leonard Freed

1929年、ニューヨークのブルックリンで、厳格なユダヤ人移民の家庭に生まれる。最初は画家を志すが、ヨーロッパとアフリカを2年間旅行後、1955年ニューヨークでアレクセイ・ブロドヴィッチ(アート・ディレクター)に師事する。1956年、マグナム・フォトに参画。1961年からフリーの写真家として、各国に取材旅行に出る。以後、アメリカの黒人やイスラエルの六日戦争、ドイツ社会におけるユダヤ人などを取材。1967年、コーネル・キャパが開催した“The Concerned Photographer”に最年少で選出される。1972年にマグナム・フォトの正会員となる。以後、『ニューヨークタイムズ・マガジン』やドイツの『シュテルン』『ゲオ』などに多くの作品を発表している。取材範囲も全世界におよび、その安定した表現力が高い評価を得た。2006年11月死去。

 

 

 

 

 

 

 

●本展の構成者

コーネル・キャパⒸMagnum Photos

コーネル・キャパⒸMagnum Photos

コーネル・キャパ (ハンガリー/アメリカ、1918-2008) Cornell Capa

1918年、ブタペストに生まれる。高校を卒業した後、医学を志し、パリの兄アンドレ(ロバート・キャパ)の元へ行く。兄を通じてシム(デイヴィッド・シーモア)やアンリ・カルティエ=ブレッソンらと知り合い、彼らの写真をプリントするようになる。1937年、ニューヨークに移り、兄が出入りしていた写真エージェンシー「ピックス」の暗室の仕事を始める。翌年、『ライフ』誌の暗室へ移り、有能な写真家達の仕事に触発される。1939年ころより、写真家として各雑誌に作品を発表。第二次大戦中は、米空軍写真情報部・広報部に勤務。1946年より『ライフ』誌の専属写真家となり、イギリス駐在員となる。1954年マグナムに参画。アメリカの政治、中南米、世界の宗教などの取材を意欲的にこなす。デイヴィッド・シーモアの死後1956年から60年までマグナムの会長を務める。1974年、ニューヨークにICP (International Center of Photography/国際写真センター) を創設。永年の夢だった、兄をはじめとする数多くの優秀なフォト・ジャーナリストの作品を所蔵し、発表してゆく場とする。設立以来20年間館長を勤め、1994年名誉館長となる。同年、大規模な回顧展が開催され、写真集も出版された。

 

■会期中のイベント

■KMoPAチャリティ・ライブ2015 

◎日時:9月12日(土)14:00~16:00

写真家・井津建郎氏が、地雷の被害にあったカンボジアの子どもたちのために開院した「アンコール小児病院」。KMoPAが過去18年間支援してきた同病院は、2013年1月自立を果たしました。本チャリティは、引き続き井津氏が設立・運営に着手したラオスの小児病院のほか、東日本大震災の被災者支援団体「いのち・むすびば」に収益を寄付します。

ライブ出演鈴木重子、ウォン・ウィンツァン

参加費:一般3,000円、2名以上はお一人2,000円、小・中学生は無料 友の会会員は各1,000円引き

要予約/定員120名/全席自由

鈴木重子(すずき しげこ)

ヴォーカリスト 浜松市生まれ。東京大学在学中に本格的にボサノヴァ、ジャズヴォーカルを学び、司法試験への挑戦とジャズクラブでの活動を続けながら、自身の歩む道を模索。「本当に好きなことをして、限りある人生を生きよう」とヴォーカリストの道を選択。1995年、ニューヨークの名門「ブルーノート」にて、日本人ヴォーカリストとして初のデビュー公演。以後、多くの作品を発表。いのちの響きをつむぐ歌い手として“Breath for Peace”平和の歌を集めるプロジェクト、東日本大震災被災地を訪れるなど、活躍の場を広げている。http://www.shigeko.jp/

 

鈴木重子

鈴木重子

 

 

 

 

 

 

 

 

ウォン・ウィンツァン

ピアニスト、即興演奏家、作曲家

1949年神戸生まれ、東京育ち。19歳よりジャズ、前衛音楽、フュージョン、ソウルなどをプロとして演奏。87年、瞑想の体験から自己の音楽の在り方を確信し、90年ピアノソロ活動を開始。26作のCDを発表。現在放送中のNHK「にっぽん紀行」Eテレ「こころの時代」テーマ曲も手がける。3.11東日本大震災の5日後より2か月間、祈りのピアノ演奏をストリーミング配信。現在も被災地支援や平和のチャリティ演奏を続けている。超越意識で奏でる透明な音色で「瞑想のピアニスト」と呼ばれている。http://www.satowa-music.com

 

ウォン・ウィンツァン

ウォン・ウィンツァン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■会期中のワークショップ

●ピンホールカメラ・ワークショップ

「針穴写真」と呼ばれるピンホールカメラは、カメラの原点です。難しく聞こえるかもしれませんが、実は、お菓子の空き箱など、身近にある材料で写真を撮ることができるのです。レンズがないのに、なぜ写真が撮れるのか?館内の暗室でモノクロ写真の現像も同時に行います。写真の原点を体験すると、普段の撮影がさらにグレードアップすることは間違いありません。夏休みの宿題にもどうぞ。親子での参加もOK!

◎日時:8月9日(日)10:00~15:00

参加費:1,000円(入館料を含む)/友の会・会員は500円引き

定員:10名 要予約

✻小学生は親子での参加をお願いします。

✻参加申し込みは、8月2日までに、ご住所・氏名・参加人数をお知らせください。

お菓子の箱を利用して作ったピンホールカメラ

お菓子の箱を利用して作ったピンホールカメラ

ワークショップ生徒さんの作品ⒸAi Saito

ワークショップ生徒さんの作品ⒸAi Saito

 

 

 

2014年度ヤング・ポートフォリオ 

Young Portfolio Acquisitions 2014

会 期:2015年3月21日(土・祝)~6月21日(日)
休館日:毎週火曜日(4/28、5/5は開館)、3月20日(金)までは冬期休館
主 催:清里フォトアートミュージアム

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■ヤング・ポートフォリオ(YP)=世界の写真家の原点

清里フォトアートミュージアム(館長:細江英公)は、写真と写真家のために生きる美術館です。「ヤング・ポートフォリオ」は、写真を通して世界の若者を育てる文化支援で、1995年の開館より継続しています。この活動が若者のチャレンジの場となり、写真家の原点を永遠に伝え、若者と写真の未来を拓くことを願っています。

世界の若者の、創造性に富んだ力作を、35歳まで何度でも公募し、成長を見守ります。

世に埋もれがちな世界の若い才能を発見し、励まして行きたいと考えます。美術館に作品が収蔵されることは、写真家としての実績となり、勇気と誇りを与えます。一度きりのコンテストではなく、継続して実績を積むことができます。

作家一人ひとりの個性を重んじ、ポートフォリオ(作品集)を購入・展示、活動を応援します。

報道写真・芸術写真など特定のジャンルやスタイルに限定せず、写真家の個性を尊重します。作家の世界観や芸術性を表現するポートフォリオとなるように、毎回複数の写真を選考します。写真家の散逸しがちな初期作品を保存することができると考えます。

若者の才能の真価を世に問い、美術館の収蔵作品として後世に伝える、世界で唯一の企画です。

作品選考は、日本を代表する写真家に委嘱します。毎年、館長と選考委員2人が、若い才能に未来を託す思いで選考し、全員が合意した作品を購入します。収蔵作品全体から、世界のさまざまな国民性・芸術性などの多様性を俯瞰することができます。また写真の変化や文化の推移などの歴史的記録ともなるでしょう。海外に門戸を開いた日本発の企画としても先駆的で、その国際性と実績が、国内外から高い評価を得ております。(2004年 日本写真協会 文化振興賞受賞)

 

■2014年度ヤング・ポートフォリオ(第20回)データ 

選考委員:森山大道、瀬戸正人、細江英公(館長)作品募集期間:2014年4月15日~5月15日

応募者数:275人(世界32カ国より) 応募点数:6035点

購入者数:36人(国内16人・海外20人)購入点数:168点(全作品を展示いたします)

●1995年度から2014年度までに作品を収蔵した作家の総数:723人(45カ国)総作品点数:5460点

同時展示

●選考委員の初期作品 森山大道・瀬戸正人・細江英公

●YPOB(卒業生)作品 野口里佳・元田敬三・石塚元太良

YPを35歳で“卒業”した後も、活動を継続している作家たちは、どのような作品を手がけ、どのような発展を遂げているのか。その視点で当館が新たに収蔵した3人の“YPOB”作品もご覧いただきます。本展では、YP収蔵作品とYP後の作品を同時にご覧いただくことができます。

●野口里佳(1971)●元田敬三(1971)●石塚元太良(1977)

■本展覧会について

「若い人はいろんな意味で過剰だよね。」

選考会場にて(左から)瀬戸正人氏、森山大道氏、細江英公館長

選考会場にて(左から)瀬戸正人氏、森山大道氏、細江英公館長

選考委員・森山大道氏は、若い作家の写真の魅力について、このように語りました。「ここまでやるのか、おまえら、というしぶとさとインパクトを感じ、瞬間的に嫉妬した。自分のことを考えても、若い時は、得体の知れない欲望が過剰だった。(若い人は)その過剰の中からモノを作っていけるんだよね。」また、選考委員・瀬戸正人氏は、「若い故に完成していない。しなくて良い。していない写真が魅力的で、未来を感じる。」と表現しています。

今を生きる若者が、どのようにこの世界を、時代を、そして自分自身を見つめているのか。みずみずしい眼差しとユニークな写真表現をお楽しみいただければと思います。

YPは、世界の若いクリエーターからチャレンジを受ける場でありたい、そして若木が伸びゆくために強い根を育む場となりたいと願っています。

 

 

■2014年度YPの見どころ

●ウクライナそして旧ソ連の現在

セルゲイ・レベディンスキー 《無題、シリーズ「ユーロマイダン」より》2014  ⒸSergiy Lebedynskyy

セルゲイ・レベディンスキー
《無題、シリーズ「ユーロマイダン」より》2014 
ⒸSergiy Lebedynskyy

セルゲイ・レベディンスキー 《無題、シリーズ「アラバト・スピット」より》2011 ⒸSergiy Lebedynskyy

セルゲイ・レベディンスキー
《無題、シリーズ「アラバト・スピット」より》2011
ⒸSergiy Lebedynskyy

 

 

 

 

2014年2月、キエフで起こった抗議行動をご記憶の方も多いと思います。その紛争を撮影したセルゲイ・レベディンスキー(ウクライナ)の《ユーロマイダン(ユーロ広場)》と《アラバト・スピット》の2シリーズが収蔵となりました。クーデターを起こそうとした極右勢力や反政府グループが広場を埋め尽くしていましたが、レベディンスキーが捉えたかったことは、何万、何千ものウクライナ人が“夜明け”を待ち望んでいるという事実だったのです。《アラバト・スピット》は、ウクライナ南部の温泉地。 温泉とそれが混じった泥による湯治場で、ウクライナとロシアの人々に愛されています。ソ連の崩壊にともない廃れたこの温泉地が、この20年の間に過去のにぎわいを取り戻しつつあるとのこと。作品に使用されている印画紙は、旧ソ連製のもの(1990年製造中止)です。リス・プリントという技法で制作すると、まったく予測のつかない結果を得られるとのこと。一枚一枚が“記録”として画像が立ち表れている緊張感を感じます。(全14点)

桑島生《バルハシ湖》2011 ⒸIkuru Kuwajima

桑島生《バルハシ湖》2011 ⒸIkuru Kuwajima

桑島生《祈り》2012 ⒸIkuru Kuwajima

桑島生《祈り》2012 ⒸIkuru Kuwajima

 

 

 

 

 

 

一方、ロシア在住の桑島生は、7年にわたり旧ソ連圏を中心に撮影しています。多くの人にとって未知の広大な土地、ユーラシア。そこでは時計の針が止まり、あるいは逆回りしているような錯覚や、幻想と現実が交わるような感覚を覚えると言います。 カザフスタンやトルクメニスタンにて、その印象を伝えるためにパノラマでの撮影を取り入れています。(全8点)

●「根虫」と「Tokyo Parrots」

三善チヒロの作品《根虫》は、多くの作品の中でもひときわ異彩を放っています。作品の背景にあるのは、東日本大震災以降、放射能に土地が汚染されたとしても、植物は適応し、生命は永遠に繋がって行くということ。作家は、生命体としての植物とその遺伝子、その姿を撮影し「根虫」(こんちゅう)と呼んでいます。これらの写真の中には、人間と自然、過去と未来、いのちの有り様 ― 作家の持つさまざまな世界観が凝縮しているのです。(全4点)以下作家によるステートメントをご紹介します。 

三善チヒロ《根虫 #Amaranthus viridis》2011 ⒸChihiro Miyoshi 

三善チヒロ《根虫 #Amaranthus viridis》2011 ⒸChihiro Miyoshi

三善チヒロ《根虫 #Polygonum longisetum》2011 ⒸChihiro Miyoshi

三善チヒロ《根虫 #Polygonum longisetum》2011 ⒸChihiro Miyoshi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放射性物質であるプルトニウム239の効果が 

一千分の一に減るまでにかかる時間は、およそ24万年。 

24万年もの間、汚染された地域から 

植物は人間のように逃げることも出来ない。 

遺伝子を破壊され、姿を変えられた植物はどのようになっていくだろう。 

24万年後の植物は土中を這い出て進化をするのである。 

植物の最も身近にいる昆虫を倣い、細かな根を手足にして葉を羽根にし、 

かつて過ごした豊かで美しい土地を目指すのである。 

私は実際に24万年後の植物たちに出会い、その姿を撮影したのだ。 

植物は、この土地を離れなければならなかった。 

これは、ただそれだけの写真なのである。

 

水谷吉法《Tokyo Parrots》2013  Ⓒ Mizutani  Yoshinori

水谷吉法《Tokyo Parrots》2013
Ⓒ Mizutani Yoshinori

 

水谷吉法《Tokyo Parrots》2013 Ⓒ Mizutani  Yoshinori

水谷吉法《Tokyo Parrots》2013 Ⓒ Mizutani Yoshinori

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水谷吉法の《Tokyo Parrots》。タイトル通り、被写体となっているのは、熱帯雨林ではなく、東京都内のインコです。作家が住む世田谷区にも野生化したインコの群れがおり、「数百羽の大群を見たとき、ヒッチコック監督の映画「鳥」の中に迷い込んだような感覚に陥り、とてつもない恐怖に襲われた」とのこと。水谷が選んだ撮影場所は、都内最大のねぐらとなっている目黒区大岡山の東京工業大学キャンパス内。東京にいるはずのないインコの異様な風景を捉えるべく約1年間撮影を続けたそうです。(全4点)

●バングラデシュ・パワー!!

バングラデシュは、1947年にパキスタンから独立した国で、インドの東側に位置しています。首都はダッカ。面積は日本の約4割、人口は約1億5千万、イスラム教徒が9割、主要な産業は衣料品・縫製品産業と農業です。

2013年4月にダッカ近郊の8階立ての商業ビルが崩壊し、ビル内に入っていた多くの縫製工場の労働者が犠牲になったニュースをご記憶の方も多いと思います。衣料品に限らず、バングラデシュの劣悪な労働環境や安価な労働力に依存している状態、そして人口過密は大きな問題となっています。

K.M.アサド《リスクに曝される世代》2013 ⒸK.M. Asad

K.M.アサド《リスクに曝される世代》2013 ⒸK.M. Asad

プローバル・ラシッド《工場でレンガを運ぶ労働者、ダッカ、バングラデシュ》2014 ⒸProbal Rashid

プローバル・ラシッド《工場でレンガを運ぶ労働者、ダッカ、バングラデシュ》2014 ⒸProbal Rashid

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でバングラデシュでは、アジアで最も長い歴史を持つ現代美術の国際展を開催するなど、アートへの関心の高い国でもあります。写真についても、国際的な写真フェスティバル「チョビ・メラ」(Chobi Mela)がアジアの他国に先駆けて2000年から2年に1度開催されています。約30カ国からアーティストが参加する展覧会の他、ワークショップ、ポートフォリオ・レビュー、カンファレンス、セミナーなどが行われます。そのフェスティバルのディレクターである写真家のシャヒドゥル・アラム氏は、化学者としての経歴を持ち、写真家として国際的な賞を多数受賞してきたバングラデシュ写真界のリーダー。アラム氏の牽引のもと、バングラデシュの若い写真家たちは、ひたむきに自国の現状を見つめ、競うように写真表現を追求しているのです。

プラシャンタ・クマール・サハ《壁紙》2013 ⒸPrashanta Kumar Saha

プラシャンタ・クマール・サハ《壁紙》2013 ⒸPrashanta Kumar Saha

カレド・ハサン《ダッカ。私の夢。都会は誰の家になるのか。誰の夢であったか。誰が住むのか。》2013 ⒸKhaled Hasan

カレド・ハサン《ダッカ。私の夢。都会は誰の家になるのか。誰の夢であったか。誰が住むのか。》2013
ⒸKhaled Hasan

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤング・ポートフォリオには、これまでもバングラデシュから多数の応募が寄せられ、2014年度は7人のバングラデシュ写真家の作品が選ばれました。毎年、選考委員の目を釘付けにするバングラデシュの作家たち。2013年度に引き続き2年目の選考委員・瀬戸正人氏は、「年々バングラデシュの人のパワーが強く来ますね。去年と今年ずっと(バングラデシュの写真を)見ていて、日本もかつてそうだったように、発展途上国で、混沌としている国は写真を撮らせる勢いというか、平和な日本で忘れかけていることを思い出させてくれる。」とコメントしています。またカレド・ハサンの作品について選考委員・森山大道氏は「全体にローキー(*)でぬめっとした感じが、ひとつの世界を作っている。」と、作家がこだわった技術面も高く評価しています。

*意図的に露出を低く撮影し、暗く仕上げた写真。

●今年でYPを“卒業”する作家たち

ヤング・ポートフォリオ(以下YP)が、通常のコンテストと異なる大きな特徴は、35歳になるまで何度でも応募することができ、何年にもわたって収蔵することが可能だということです。本展でも、今年で35歳となる作家の、2014年度の収蔵作品と過去の収蔵作品を併せて展示いたします。今年35歳(1979年生まれ)でヤング・ポートフォリオを“卒業”となるのは、下薗詠子、田福敏史プローバル・ラシッド(バングラデシュ)の3人です。

下薗詠子《同世代》1998(1998年度YP収蔵)ⒸEiko Shimozono

下薗詠子《同世代》1998(1998年度YP収蔵)ⒸEiko Shimozono

下薗詠子《あふるる(1)》2014(2014年度YP収蔵)ⒸEiko Shimozono

下薗詠子《あふるる(1)》2014(2014年度YP収蔵)ⒸEiko Shimozono

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田福敏史《さよならリアルワールド》2006(2009年度YP収蔵)ⒸToshifumi Tafuku

田福敏史《さよならリアルワールド》2006(2009年度YP収蔵)ⒸToshifumi Tafuku

田福敏史《光あるうちに》2011(2014年度YP収蔵)ⒸToshifumi Tafuku

田福敏史《光あるうちに》2011(2014年度YP収蔵)ⒸToshifumi Tafuku

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●山梨県・長野県ゆかりの作家 

2014年度YPにおいて作品を収蔵した山梨ゆかりの作家、高島空太と長野県出身の山口雄太郎をご紹介いたします。

高島空太は、1988年東京都生まれ。北杜高校から、山梨大学教育人間科学部生涯学習過程芸術運営コースを卒業。2011年からフリーランスとして活動しています。選考委員・森山大道氏は「一枚一枚のイメージの作り方が微妙に違っていて、独特の世界観を持っているところが良い」とコメント。2012年には、作品《ざわつき》が、キヤノン写真新世紀に佳作入賞し、今後の活躍が期待される作家です。

高島空太《ざわつき》2012 ⒸKuta Takashima

高島空太《ざわつき》2012
ⒸKuta Takashima

高島空太《ざわつき》2010 ⒸKuta Takashima

高島空太《ざわつき》2010
ⒸKuta Takashima

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山口雄太郎は、1987年長野県千曲市戸倉上山田に生まれ、2011年神田外語大学外国語学部国際コミュニケーション学科卒業後、フリーランスとして活動しています。2010年には、ナショナルジオグラフィック国際写真コンテスト風景部門 で優秀賞を受賞しています。《カシミールの家で》と《ドービガート》は、2009年にインドを訪れた際に撮影した作品です。選考委員・瀬戸正人氏からは「日本人が撮影したと思えない。かなり深く人間関係を作って撮っているように見える」などと高く評価されました。

山口雄太郎《カシミールの家で》2009  ⒸYutaro Yamaguchi

山口雄太郎《カシミールの家で》2009 
ⒸYutaro Yamaguchi

山口雄太郎《ドービガート》2009  ⒸYutaro Yamaguchi

山口雄太郎《ドービガート》2009 
ⒸYutaro Yamaguchi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■2014年度ヤング・ポートフォリオ(第20回)作品購入作家

★は過去にもヤング・ポートフォリオで作品を収蔵した作家。全36人のうち、11人は過去にも作品を収蔵しています。

1  ■A.M.アハド(バングラデシュ、1989) A.M. AHAD

2  ■アオ・ヨンフー(中国/マカオ、1992)(歐陽富) AO Ieong Fu

3  ■K.M.アサド(バングラデシュ、1983) K. M. ASAD ★

4 ■ジュリオ・ビッテンクール(ブラジル、1980) Julio BITTENCOURT

5  ■チョン・コクユウ(マレーシア、1988) CHONG Kok Yew

6  ■田 凱(中国、1984) DEN Gai

7  ■榎本祐典(日本、1986) ENOMOTO Yusuke

8  ■桑島 生(日本、1984) KUWAJIMA Ikuru★

9  ■カレド・ハサン(バングラデシュ、1981)Khaled HASAN★

10■ムーチェン・ホー(台湾、1987)(何沐恬) Mu-Tien HO

11■シャハダット・ホサイン(バングラデシュ、1981) Shahadat HOSSAIN

12■石倉徳弘(日本、1984) ISHIKURA Tokuhiro★

13■ムハマド・シャイフル・イスラム(バングラデシュ、1989)Muhammed Shaiful ISLAM

14■木村 肇(日本、1982) KIMURA Hajime ★

15■セルゲイ・レベディンスキー(ウクライナ、1982) Sergiy LEBEDYNSKYY

16■ダニエル・リー(韓国、1981) Daniel LEE

17■李 東雄(韓国、1988) LEE Dongwoong

18■ルナ(韓国、1989) Luna

19■松井泰憲(日本、1980) MATSUI Yasunori

20■三善チヒロ(日本、1990) MIYOSHI Chihiro

21■水谷吉法(日本、1987) MIZUTANI Yoshinori

22■ないとう ようこ(日本、1983) NAITO Yoko

23■プラシャンタ・クマール・サハ(バングラデシュ、1983) PRASHANTA Kumar Saha★

24■プローバル・ラシッド(バングラデシュ、1979) Probal RASHID★

25■ジュリア・スミルノヴァ(ロシア/ドイツ、1981) Julia SMIRNOVA

26■下薗詠子(日本、1979) SHIMOZONO Eiko ★

27■杉山裕康(日本、1981) SUGIYAMA Hiroyasu

28■田福敏史(日本、1979) TAFUKU Toshifumi ★

29■平良博義(日本、1987) TAIRA Hiroyoshi

30■高島空太(日本、1988) TAKASHIMA Kuta

31■ヤン・ヴァラ(チェコ、1983) Jan VALA★

32■セヴェリン・ヴォーグル(ドイツ、1982) Severin VOGL

33■渡邊遊可(日本、1983) WATANABE Youka

34■山口雄太郎(日本、1987) YAMAGUCHI Yutaro

35■山路雅央(日本、1987) YAMAJI Masaou

36■ピョートル・ズビエルスキ(ポーランド、1987)Piotr ZBIERSKI ★

■YP作品の巡回

2014年は8月に東京都写真美術館にてヤング・ポートフォリオ収蔵作品展「原点を、永遠に。」を開催し、約500点を展示いたしましたが、2015年は、4月4日から一ヶ月間、日本外国特派員協会(Foreign Correspondents’ Club of Japan)にてヤング・ポートフォリオ作品約20点を展示いたします。

会期:4月4日(土)~5月8日(金)

会場:日本外国特派員協会(東京都千代田区有楽町1-7-1 有楽町電気ビル20F)

YPデータベース公開中 

作品のデータのほか、作家の略歴、作品についてのアーティスト・ステートメントも掲載しています。作家名、収蔵年、国籍などで検索することができます。過去20年にわたる世界の若手写真家の作品を、様々な調査・研究の対象としてご利用頂ければ幸いです。データベースは、K’MoPAトップページ▶YOUNG PORTFOLIO▶YP DATABASE

YP公開レセプション&ギャラリートーク

「2013年度ヤング・ポートフォリオ」展にてギャラリートークを行う坂口真理子

「2013年度ヤング・ポートフォリオ」展にてギャラリートークを行う坂口真理子

●5月23日(土)午後2時~4時(予定)

講評:森山大道、瀬戸正人、細江英公(館長)

(入館料のみ / 定員なし *友の会・会員は無料)

会場:清里フォトアートミュージアム 要予約

本年度作品を収蔵した作家にKMoPA永久保存証書を授与した後、作家によるギャラリートークと同時に3人の選考委員による講評を行います。どなたでもご参加いただけます。

 

 

 

K’MoPA開館20周年特別企画:写真による社会貢献の顕彰

K・MoPAは、創立の目的である「写真を通して社会と文化に貢献する」活動を具現化するために写真家・井津建郎氏が創立したアジアの小児病院プロジェクトへの支援(2000年~)、東日本大震災被災地、被災者へのサポートなどを行ってまいりました。 20周年記念にあたる本年は、2013年度YP購入作家・楊哲一(YANG Che-Yi 台湾、1981)が、ライフワークとして行っているプロジェクト「童話」を、写真による優れた社会貢献として顕彰することといたしました。 「童話」は、楊(ヤン)が中心となり、台湾の辺境に住む貧しい子どもたちの教育ために中古カメラの寄付を呼びかけ、彼らに写真を教えて、作品を発表する活動です。5歳からバドミントンの英才教育を受けた異色の経歴をもつ楊は、複雑な家庭の事情、それに伴う移住など、自らが幼少期に得た心の傷をきっかけに、次第に子どもの教育に関心を寄せるようになりました。現在は、撮影や自身の作品の販売のほか、バドミントンの指導と用具の販売で得た収益を「童話」に 振り向けています。当館は、楊のダイナミックな作品と、心ある活動の両面に注目し、この度のYPレセプションにて顕彰いたします。 詳細は、追ってHPにて発表いたします。

楊哲一《山水(六)》2008(2013年度YP収蔵) ⒸYang Che-Yi

楊哲一《山水(六)》2008(2013年度YP収蔵)
ⒸYang Che-Yi

楊哲一と台湾の子どもたち

楊哲一と台湾の子どもたち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会期中のイベント:「K・MoPAで星をみる会」

テレビ・ラジオでお馴染み、国立天文台の縣秀彦先生を講師にお迎えし、天体の不思議を、初めての方にもわかりやすく解説いただきます。雨天・曇天でも映像&レクチャーをお楽しみいただけます。

●日時:4月25日(土)午後6時30分~8時

●参加料:1000円  要予約

●講師:縣 秀彦(あがた ひでひこ)

自然科学研究機構国立天文台 天文情報センター 准教授、 総合研究大学院大学准教授を兼務。NHKラジオ深夜便 第二週土曜日レギュラー http://jouhoukoukai.nao.ac.jp/reslist/res.aspx?ID=47

 

YP2015作品募集

  今できる限りのものを見せてほしい。 

   今の挑戦が未来のあなたを強くする。

2015年度選考委員:森山大道、北島敬三、細江英公(館長)

●Web登録受付期間 & 応募作品受付期間: 2015年4月15日~5月15日 必着

●応募要項の概要・応募資格は35歳までを上限とします。(1980年1月1日以降に生まれた方)

・35歳までは何度でも応募が可能です。

・既発表・未発表を問いません。他のコンテストへの応募作品・受賞作品も応募可能です。

・作品の表現、技法は問いませんが、永久コレクションのため、長期保存が可能な技法であること。

・選考された作品は、1点につき3万円以上で購入します。

詳しい応募要項は:http://www.kmopa.com/yp_entry/

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