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「ヤング・ポートフォリオ」をK・MoPAの基本理念とした理由

1995年、清里フォトアートミュージアムが開館するにあたり、細江館長は、なぜ「ヤング・ポートフォリオ」を基本理念としたのか?その理由を語ります。

アーティストは、基本的な体質として、過去のことよりも次のことに関心があり、初期の作品を重要視しない傾向があります。そのために若い頃の力のこもった作品が失われてしまうことは非常に残念なことと考えました。作家は、40代、50代とやがて成熟し、磨かれて行くのですが、逆に自分の若い頃の作品を見ることによって、自分の中にかつてあったエネルギーを思い出すこともできる。初期作品は“宝物”のようなものであり、そのような体験を自分でもしています。若い時でしか生み出せないフレッシュな、勢いのある作品をぜひ美術館でコレクションしたい、そう考えたのです。(4分59秒)

井津建郎:アーティスト・トーク(2016年7月31日)

1970年、大学2年の夏休みを利用して、数ヶ月のつもりでニューヨークに向かった井津建郎。山岡淳一郎(ノンフィクション作家)を聞き手に、アシスタント時代の秘蔵映像をはじめ、初期作品からインド撮影への道のり、47年におよぶ写真家人生を振り返ります。そして、カンボジアやラオスでの病院運営。何が井津を動かしているのか、その信念は?開催中の「インド — 光のもとへ」展をすでにご覧になられた方も、これからという方も、作家本人による貴重なトークをどうぞ御聞きください。

KMoPAチャリティ・ライブ2016

毎年恒例の「KMoPAチャリティ・ライブ」。本年は、2016年7月30日に行い、本年も100名を超えるお客様が参加されました。第一部<トーク>の前半は、NPO「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー」がラオスで開院した「ラオ・フレンズ小児病院」看護師の赤尾和美さんによる現地報告。赤尾看護師は、カンボジアの「アンコール小児病院」に引き続きラオスでの勤務です。
子どもの5歳までの死亡率がカンボジアよりも高いラオスの医療状況を改善したいと2015年2月に開院。赤尾看護師の指導のもと、現地スタッフは技術・知識を毎日吸収し、成長しているとのこと。最近では、ラオスに緩和ケアのコンセプトを初めて導入したそうです。
大雨が降っても、泥道に行く手を阻まれようとも、“命の道”を突き進み、たくさんの子どもたちの笑顔のためにと、赤尾看護師の日々の挑戦は続きます。
トーク後半は、ノンフィクション作家・山岡淳一郎氏を聞き手に、写真家・井津建郎の病院設立までの道のりを辿りました。1993年初めて訪れたカンボジアで見た地雷の被害を受けた子どもたち。どうしても気になり、医療の現場を見学したそうです。院内で見たのは、不自然に空いたままのたくさんのベッド。お金を持たないばかりに、診察が受けられず、必死に病院まで連れて来た父親の目の前で息を引き取った10歳の少女でした。
「アンコール遺跡の写真を撮って作品を作るだけではもう自分自身に誇りを持てない」と思い悩んだ井津は「写真をtakeするばかりではなく、自分にできることをgiveしたい」と、1996年NPOを立ち上げました。資金集めのため、まず、アンコール遺跡で撮影した作品を販売しますが、欧米のギャラリーに手数料を無料にする賛同を得、さらにKMoPAが作品を収蔵した代金をシードマネーとして、アンコール遺跡の町シェムリアップに土地を入手。
開院時に、井津が病院のスタッフに伝えた理念は、「自分の子どもを扱うようにすべての子どもを扱って欲しい」だったそうです。10年後、予定通りカンボジア人のスタッフに病院を受け渡しましたが、それで終了とせず、培ったノウハウと支援を継続するべく、あらたにラオスに「ラオ小児病院」を設立。「ラオ小児病院」は、2024年現地スタッフへの引き渡しを目指し、一人前の医師や看護師となるべく日々学んでいるそうです。KMoPAでは引き続き、支援を継続していきます。ぜひ皆様、今後ともチャリティ・ライブや募金でのご協力、何卒よろしくお願いいたします!

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