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ただ今、メンテナンス休館中(2015年3月20日・金まで)です

開館は、2015年3月21日(土・祝)からの 「2014年度ヤング・ポートフォリオ」展です。

休館中は、すでに終了しました、K’MoPA 東京展「原点を、永遠に。」のトークなどのダイジェストをお送りします。

どうぞ、お楽しみに。

清里フォトアートミュージアム開館20周年記念展「原点を、永遠に。」を終えて①

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子
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東京都写真美術館アプローチ外壁

2014年8月9日(土)から24日(日)まで、東京都写真美術館・地下1階展示室に於いて、清里フォトアートミュージアム開館20周年記念展「原点を、永遠に。」を開催した。
当館が開館したのは、1995年7月。そして、ヤング・ポートフォリオの第一回募集を行ったのは、1995年7月から9月までだった。2014年は、募集20回目にあたることから、20周年記念として、初めて大規模な展覧会を東京にて開催することが計画された。
世界の巨匠と言われる作家であっても、すべての人が通過する20代。その時期でなければ作れない作品は、初々しくエネルギッシュな魅力を持っていながら、適切に保存される可能性は極めて低く、失われてしまう性格を持っている。開館に際して「美術館が未だ評価の定まらない作品を収集することは、冒険だと思われるかもしれないが、清里フォトアートミュージアムは、世界のどの美術館もやっていないユニークなコレクションを作り上げる。他のアートにない力を持つ「写真」を美術館が収蔵することによって、多くの方に見てもらうことができる。そして、美術館が作品を保存することで、将来の人々に見てもらうことができる。写真の世界ではこれまであり得なかったことを、清里で実現することができたら。」と、細江英公館長が描いたヴィジョンを、20年目にして、ようやくはっきりとした形で示すことができたのだ。

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2014年8月8日内覧会

1995年から2013年度までに収蔵した698名(43カ国)の5,296点の中から、歴代の選考委員の初期作品35点を含む522枚を展示した。これだけの作品数を一度に展示するというのは私たちにとっても初めてのことであり、ヤング・ポートフォリオ作品を年度に限らず一堂に展示するということも初めてのことである。DSC_7707ここから展示壁面

準備には1年以上をかけ、限られたスペースに可能な限り多くの作品を展示することを目標としながら、それでも限定していかなければならないため、さまざまな点から検討を重ねた。

1)国際色豊かなヤング・ポートフォリオの特徴を生かすため、できるだけ多くの国の作品を展示すること、2)“ポートフォリオ”としてご覧いただけるよう作家あたりの枚数をできるだけ複数枚として、作家の個性をご覧いただけるようにすること、3)複数年にわたって収蔵している作家については、各作家にとっての“原点”はどこにあるのか、あるいは展開の行き先となった時点の作品、4)この20年に特徴的だった社会的・文化的な事象が記録されている作品など、さまざまな視点からの選定となった。写真の技法についても非常に大きな変化のあった時代であることから、プリント技法のバラエティもご覧いただきたいと考えた。1995年から2000年の初頭までは、立体作品やサイアノタイプなど、さまざまなオルタナティブ・プロセスによる作品が毎年応募されていたのに対して、近年は技法的なバラエティはほとんど見られなくなった。しかし、この現状も、いずれ個々の作家が満足するような表現技法にたどり着くまでの過渡期なのだろうと考えている。

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展示室内

●内覧会

8月8日(金)午後6時半から行われた内覧会にはYP作家、選考委員、マスコミ、ギャラリー、大使館関係者など235名が来場された。まず、壁面いっぱいに展示された500点もの作品群のエネルギーに圧倒され、後半には「とても時間内では作品を見られないので、また出かけてきます」という声が多く聞かれた。また、見終わった感想を頂いた中で印象的だったのは、「まだ余韻が残っています。何だか宇宙旅行から帰ってきたような気分です。」と、まるで地球を俯瞰したかのようなコメントだった。作家の個性がぶつかりあいながら、日本の写真と海外の写真の際立つ違いや、地球上をぐるりと巡って行く感覚を端的に表してくれていると感じた。

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内覧会にてご挨拶を述べる細江館長

 

 

内覧会に駆け付けてくれた展示作家も多く、スタッフも懐かしい面々との再会を果たすことができた。何よりも元気で、写真に対する情熱を抱き続けてくれていることが嬉しい。

久々に自分の作品との再会をした数名の展示作家に、その印象を尋ねてみたので、その一部をご紹介しよう。

 

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田中 勝氏 「良い形で保存していただいて嬉しい。原点に立ち返るのは、作家としての基点になる重要なこと。

 

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秋田大輔氏「今仕事でやっていることとほぼ一緒。あのときは責任もなく、好奇心だけでとにかく歩いていたし、撮りたいものが撮れていた。自分はやっぱりここからだったな、と思う。

 

 

 

 

 

 

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佐藤信太郎氏「(この作品の)プリントを見るのは久しぶり。現在デジタルに変換して写真集を作ろうとしているところ。ここ何年も俯瞰の写真が多かったが、この当時は平面的に街をとらえていたんだなあと改めて思い出しました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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石田千帆氏「今はジャパニーズカルチャー、ゴスロリなどのコスプレをしている女の子を撮ることが多い。当時は、撮影する前にセットを組むだけで力尽きて、2、3時間眠ってからシャッター切っていました。」

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劉 敏史氏「乾いていた時期でしたね。何をしたらいいかわからない。世界と自分がどういう関係なのかがわからず、夢中で探していた時代。今とはプリントの解釈が違う。もう(こういう写真は)撮れないし、もうこういう風に焼けないと思うと、見ることで当時の自分とつながる感じがある。」 大石成通氏 自分がどういう関係なのかがわからず、夢中で探していた時代。今とはプリントの解釈が違う。もう(こういう写真は)撮れないし、もうこういう風に焼けないと思うと、見ることで当時の自分とつながる感じがある。」

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川本健司氏「今も酔っぱらいを撮っているが、今の撮り方とはだいぶ印象が違っている。(展示作品は)自分の中でも初期作品という印象。(展覧会を見て)同じ年代でもものすごく個性が様々で、撮り始めであってもしっかりした視点があって、買い取ってもらう理由があるんだなと感じた。」

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武藤弘司氏 「悩んで、旅を繰り返していた時期。人があまり行かないようなところで、自分が何を感じるのかと向き合った作品。アジアの光景と当時の自分の孤独や不安、それを乗り越えたいという気持ち。それを写真家として作品に込めたいという思いで撮影した。作品を見ることでまた初心に戻る。他の作家の作品も見て、背中を押される思いがします。」

 

 

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友長勇介氏「何か見つけてやるみたいな気持ちで向かって行っていた。今思うと、撮らせてもらったという思いがする。」

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会田法行「(イスラエルの現状と展示作品が)全く変わっていないことがショックですね。会社員を辞めてフリーランスになって初めて撮影に行った時の作品でした。フリーの原点ですね。」

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元田敬三氏「東京に出たばっかりで暗い頃でした。タイトルは恥ずかしいですね。今だったらいろんな人に聞いたりして決めるけれど、当時はすぐに決めてしまいました。今もそうですけれど、パッと見て強い写真を撮ろうとしていました。他の人の写真が周りにあっても、自分の写真が一番強いというような。サイズも広がりがあって、外へ、未来へ向かってる感じがしていいですね。」

 

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小島康敬氏「展示作品の上は、森山大道さんに影響を受けていたころ。ニューヨークのICP(国際写真センター)の学校が始まる前に撮った写真で、直感的にシャッターを押したもの。下は少し授業を受けてからの写真。2枚ともニューヨーク1年目に撮った写真でした。」

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ヤン・ヴァラ氏(チェコ)「ずっと夢だったので、非常に嬉しいです。隣に展示してあるヴォイチェフ・スラーマは、僕の先生なので、まさに完璧です。世界中の国々からの作品があって素晴らしいし、この展示スペースも好きです。」

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高橋宗正氏「14年前の20歳、学生の時の作品です。東京で再会することになるとは。青春の一枚。モヤモヤしていました。見えるか見えないような、目を凝らすようなことを真剣にやっていました。この後作品はカラーになり、今また10年ぶりぐらいにモノクロ作品を作っています。当時、公に収蔵してもらって展示してもらったのは始めてだったので、頑張って行こうという気持ちになりました。」

 

 

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熊谷聖司氏「ちゃんと(モノクロプリントの長期保存)処理をやっておいて良かった。今このイメージを焼くとしたら違う考え方ですると思う。今は皆携帯を持っているので、(人々の)こういう写真が撮れない。写真は記録としても残るし、社会との関係が濃いとあらためて感じる。この作品を超えようと数年間思っていたが、あのエネルギーを再現しようとしても無理だった。追いかけても仕方がない、違うことをしようと思った。(この展覧会は)それぞれの作家のそれぞれの時代が見えて面白い。ずっと変わらない人もいるし、変化していくことで暴れて行く事を選んだ自分、みんな違うから面白い。」

 

 

 

 

 

 

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大栗 恵氏「フィクションの世界だけれども確かに実在したもの、リアリティとの間のゆらぎなど、矛盾や違和感というものをテーマにしています。いろいろ試したけれど、自分が感じているものを表現するのに写真が一番便利なツールだと思ったので、写真を使って制作しています。」

 

 

 

 

 

 

 

 

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髙木忠智氏「(東日本大震災が)日本で起きたことは自分にとっても衝撃で、後世に伝えていかなければならないと思い、今も撮影は継続しています。アフリカの作品で賞をいただいたことは光栄だったのですが、現状は全く変わっていないし、これからもライフワークとして続けて行きます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間半という限られた時間の中では、残念ながら来場してくれた作家全員に話を聞くことはできなかったが、マイクを向けた作家たちはみな率直な思いを語ってくれた。展示作品が、長期の作品制作におけるターニングポイントだったことや、あるいは人生の転機となったことなどを聞くと、これらの展示作品が、彼等の生きた証であり、「生の原点」でもあることをあらためて突きつけられた思いがした。

(次回はトークについてお伝えします)

K’MoPAチャリティ・ライブ2014「モンゴルの風」を終えて

去る9月14日(日)14:00-16:00 ガーデンテラスでは初めてとなる、第15回目のK’MoPAチャリティ・ライブ2014「モンゴルの風」を開催しました。当日は、定員70名のところ満員御礼。心地良い秋風が吹くなか、陸前高田出身の出演者、梅木秀徳さんによるホーミーと口琴(こうきん)、馬頭琴の演奏を楽しみました。梅木さんは、モンゴルホーミー協会より、日本人初のプロフェッショナル・ホーミー歌手の認定を受けた方で、各地で精力的に活動されています。

ホーミーを初めて聴いたお客様からは、「親しみのある暖かい演奏に癒された。また聴いてみたい」、「歌声の迫力と高音の音色の美しさに大変感動した」といった 感想をたくさんいただきました。

チャリティ・ライブの収益は、K’MoPAが支援する「ラオ・フレンズ小児病院(写真家・井津建郎主宰)」と、東日本大震災の復興のために寄付いたします。

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