10月, 2014 Toggle

『芸術新潮』11月号に、K’MoPA のヤング・ポートフォリオが掲載されました

K’MoPAが1995年の開館以来行ってきた、世界の若手写真家と文化の支援活動ヤング・ポートフォリオは、今年20年目を迎えました。また今夏には、東京都写真美術館にて、「原点を、永遠に。」と銘打ち、ヤング・ポートフォリオ 20年の軌跡をご覧いただく展覧会を開催いたしました。

『芸術新潮』11月号( 新潮社より10月25日発売)に、4ページにわたり、この特集が掲載されました。画像をクリックすると、拡大表示されます。どうぞ、ご覧ください。

image-1

p.106

 

image-2

p.107

 

image-3

p.108

 

image-4

p.109

 

p6

p6

gs 6p

gs 6p

gs 8p

gs 6p

清里フォトアートミュージアム開館20周年記念展「原点を、永遠に。」を終えて③

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子


トーク・イベント②百瀬俊哉×中藤毅彦×会田法行×佐伯剛(進行)

8月10日(日)、「原点を、永遠に。」展記念トーク・イベントの第2回目として、YP作家の百瀬俊哉氏、中藤毅彦氏、会田法行氏をパネリストに、雑誌『風の旅人』編集人の佐伯剛氏の進行のもと、東京都写真美術館1階アトリエにてトークを行った。あいにくの台風で午前中は荒れ模様だったが、幸い多くの方がお集りくださり、無事開催することができた。_MG_3406_MG_3406

YP95021-02

百瀬俊哉《Silent City》1994 ⒸToshiya Momose

yp03-1956-9

中藤毅彦《STREET RAMBLER》2003 ⒸTakehiko Nakafuji

まず、3人の写真家によるスライドショーからスタート。内容は、ヤング・ポートフォリオで収蔵された作品から最新作まで。スライドのスタイルはまさに三人三様。インストゥルメンタルの静かな曲に、世界各地の大都市から北極・南極まで、東西南北の“からっぽの風景”を乗せた百瀬氏。伝説のロックバンド「裸のラリーズ」の曲に、コントラストの強いモノクロームの光と闇のイメージを乗せた中藤氏。一転してフォトジャーナリストの会田氏は、一切の音を排除し、戦地ガザ地区の日常の風景から東日本大震災へ、静かに写真を連ねて行った。

YP05-1257-06

会田法行《ラファ侵攻 パレスチナ ガザ地区》2003 ⒸNoriyuki Aida

三人は、全く異なる目で今の世界を捉えているが、同時に、彼らは日本と海外を振り子のように行ったり来たりしながら、日本と海外を変わらぬ眼差しで捉えていることも見てとることができる。その撮影方法を見ると、百瀬氏は大型カメラで撮影し、撮影済みのフィルムを、長い時は一年も現像せずに“熟成させる”ことがあるという。暗室で再びイメージを目にする時間に向かって自分の感覚を研ぎすませていく。中藤氏は、都市への愛憎の感情が、時に激しくこみ上げるかのように、目の前の光景にあくまで直感的に反応してシャッターを切って行く。そして、会田氏は、まず人々とのコミュニケーションを交わして理解を深め、決してステレオタイプな見方に陥らないことに気をつけて撮影するという。三人三様の「時間とのつきあい方」が制作の上での重要なテーマとなっていることが見えてくる。彼らは、ヤング・ポートフォリオの時代、すなわち35歳までの間に、膨大な時間とイメージの堆積に真っ直ぐに向き合い、確かな軸を築き、異なる価値観にも翻弄されない写真家と成長したのだろうと感じた。

_MG_5970 - コピー

百瀬俊哉氏

3人のYP作家が「原点を、永遠に。」展について語った印象のひとつに、中藤氏から「海外の作品が、ヤングというくくりでは捉えきれない確固たる視点を持った写真であることに比べて、日本人は“ヤングの写真”という印象が強かった。日本人は、ヤングの時代が長いのかなと思った。」という意見があり、それに対して、佐伯氏から興味深い指摘があった。

_MG_6035 のコピー

中藤毅彦氏

生物学に、ネオテニーという言葉があり、「子どもの期間が長く、子どもの特徴を残したままゆっくりと性成熟すること」という現象を表す。佐伯氏は、ネオテニーに触れて、「親が子どもの面倒を見る時間が長いと、子どもはさまざまな環境に対応して変化して行くことができる特質を持つようになるが、死ぬまで子どものままという欠点も持つという。一方で、学び、成長し続けることで、一定のところで固まらず、ゆるやかに変化していくことができる側面もあることから、日本は、写真家にとってプラスに働く環境であるとも考えられるのではないか。」本展をご覧になられた方には、国民性や文化的特徴の差異が、作品に色濃く感じられたことと思うが、今後もヤング・ポートフォリオを通して写真を考えるひとつのテーマとして、この特徴についてさらに議論する機会があればと思っている。

_MG_5978 のコピー

佐伯剛氏

_MG_5984 のコピー

会田法行氏

ヤング・ポートフォリオで作品収蔵となったことで、何か変化があったかどうかについて、百瀬氏は「20年前は今ほど若い人が作品を応募したり、発表したりする場はなかった。一枚のチラシを見てチャレンジし、写真家と言えるような道に進むことができた。今回の展示を見て、自分の初期作品が収まっている場所があるということを再認識した。そして、そのことで、どれほど精神的に安心して制作を続けてこられたのかがわかった。」また、皆に共通していたのは、ヤング・ポートフォリオを通して生まれた人間関係は、通常なら知り合う機会もない別のジャンルの作家との交流につながるなど、かけがえのないものとなっているという。また、彼らに写真家として大切にしていることは?と問いかけると「とにかく続けること。どんな状態になっても、写真をやると決めたら続ける。」(百瀬氏)「本当に撮りたいものを撮ること。自分の内なるものが撮れというものを撮ること。」(中藤氏)「市井のひとびとへの敬意と優しいまなざしを忘れてはいけない。撮らせていただいているという感覚を忘れてはいけない。」(会田氏)3人とも、自らに課すよう言い切った言葉が印象的だった。

●パネリスト略歴

佐伯 剛(さえき・つよし)1962年兵庫県明石市に生まれる。20歳の時、大学を中退して、ヨーロッパ、中近東、北アフリカを放浪。1992年(株)ユーラシア旅行社入社。2003年から11年まで雑誌『風の旅人』を44冊制作・発行。2012年株式会社かぜたび舎を設立し、同誌を復刊。http://www.kazetabi.jp

 百瀬 俊哉(ももせ・としや)1968年東京都に生まれる。1994年、九州産業大学大学院芸術研究科修了。2002年第21回土門拳賞を受賞。写真集に『EAST=WEST』『東京=上海』『Concerto イスタンブール~ブエノスアイレス』『NEVER LAND マイ・ハバナ』『インド照覧』『Land`s End North x South』などがある。九州産業大学芸術学部写真映像学科教授 http://momosetoshiya.com

 中藤毅彦(なかふじ・たけひこ)1970年東京都に生まれる。早稲田大学第一文学部中退。東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。モノクロームの都市スナップショットを中心に作品を発表し続けている。国内の他、東欧、ロシア、キューバなど世界各地を取材。作家活動とともに、四谷三丁目にてギャラリー・ニエプスを運営。第29回東川賞特別作家賞受賞。http://takehikonakafuji.com

会田法行(あいだ・のりゆき)1972年神奈川県横浜市に生まれる。1996年米・ミズーリ大学ジャーナリズム学部報道写真学科卒業後、朝日新聞社(写真部)に入社。 2003年同社を退社しフリーランスとなる。以後、パレスチナやイラク、広島・長崎、福島など国内外で取材を続けている。早稲田大学大学院、東京工芸大学でフォトジャーナリズムを教えている。noriyukiaida.com

地域の皆様に感謝をこめて

ドアノー展の一般公開終了後、日頃お世話になっている地元の皆様をご招待し、展覧会をご覧いただきました。北杜市をはじめ、近隣の富士見町や原村から、ペンションや飲食店関係の方など、45人のお客様がみえました。来年、K’MoPA開館20周年を迎えられるのも、地域の皆様のご理解とご協力があってこそです。あらためて、感謝の念を深く覚えました。

ShutDown