2月, 2015 Toggle

Curator’s Choice #4

第40回木村伊兵衛賞にYP作家2人がノミネート

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子

すでにご存知の方も多いかと思いますが、第40回木村伊兵衛賞の候補者が発表となりました。ノミネートされた8人の中に、YP作家のERICと林典子の二人がいます。

対象作品となった作品は、ERICはインドにて撮影の『Eye of the Vortex』と展覧会「GOOD LUCK HONG KONG」。林典子は、YP2013でも大きな話題となった『キルギスの誘拐結婚』です。

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ERIC『Eye of the Vortex』(渦巻きの目)2014年、赤々舎

林典子《キルギス さらわれる花嫁    町を友人と散歩していた時に、突然車に押し込まれた。大学生のファリーダ(20歳)。男の家に連れて来られると、車から降ろされ、男の親族に連れられて家に入っていく。》2012 (YP2013年度収蔵) ?Noriko Hayashi

林典子《キルギス さらわれる花嫁   
町を友人と散歩していた時に、突然車に押し込まれた。大学生のファリーダ(20歳)。男の家に連れて来られると、車から降ろされ、男の親族に連れられて家に入っていく。》2012
(YP2013年度収蔵)
ⒸNoriko Hayashi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ERICのインド撮影の作品は、実は2012年KMoPAにて一部をすでに展示していました。ストロボスコープを発明し、肉眼では見えない動きの世界をとらえたハロルド・エジャートン博士、閃光電球を多用して夜間に蒸気機関車を撮影したO.ウィンストン・リンク、そして日中シンクロで“人間”を浮かび上がらせるERIC。3人の作品を展示した「Flsah! Flash! Flash!」展です。

20150221135721-0001林典子《HIV/無音の世界に生きる~ボンヘイのストーリー HIVはすでにボンヘイの脳に影響し、神経過敏、過剰行動といった症状に現れるようになった。聾唖のために周りの人間とのコミュニケーション手段が限られ、イライラすることもあり感情の抑制が難しい。》2009 (YP2011年度収蔵) ?Noriko Hayashi

 

 

 

 

 

 

ERIC《衝動と好奇心》2002 (YP2003年度収蔵) ?Eric

ERIC《衝動と好奇心》2002
(YP2003年度収蔵)
?Eric

ERIC 《日本ファミリー》2004 (YP2004年度収蔵) ?Eric

ERIC 《日本ファミリー》2004
(YP2004年度収蔵)
?Eric

 

YPにて2003年度から2010年まで毎年収蔵したERICの《衝動と好奇心》(2002-03)《日本ファミリー》(2004)《Close up》(2003-05)《everywehere》(2001-04)《一日と永遠》(2002)《coldsnap》(2006)《中国好運》(2007-08)など全34点に加えて、新作を展示したのです。新作は、タイの洪水を撮影した《LIVE WATER》と撮影を始めたばかりのインドでした。昨年出版された『Eye of the Vortex』では、そこには「Flash!」展にて展示された作品も含まれ、ERICが撮ろうとしたインドの全貌が見えています。これまでは、群衆の中から人型を抜き取るようにフラッシュをシンクロさせていたのが、インドでは、カメラを中判から35ミリに変え、群衆を群衆としてとらえていたのです。「インドではまず群衆に巻き込まれる。しかもこの群衆は、法の下の秩序ではなく、言わば、人の野性によって群れをなしている。」というERICのインドは、人と色で溢れかえり、人々の視線と息づかいのエネルギーでむせかえる従来のインドの写真とは異なる、ERICならではのストリートスナップの真骨頂がそこにあります。

林典子《HIV/無音の世界に生きる~ボンヘイのストーリー HIVはすでにボンヘイの脳に影響し、神経過敏、過剰行動といった症状に現れるようになった。聾唖のために周りの人間とのコミュニケーション手段が限られ、イライラすることもあり感情の抑制が難しい。》2009 (YP2011年度YP収蔵) ?Noriko Hayashi

林典子《HIV/無音の世界に生きる~ボンヘイのストーリー
HIVはすでにボンヘイの脳に影響し、神経過敏、過剰行動といった症状に現れるようになった。聾唖のために周りの人間とのコミュニケーション手段が限られ、イライラすることもあり感情の抑制が難しい。》2009
(YP2011年度YP収蔵)
ⒸNoriko Hayashi

林典子《パキスタン:酸に焼かれた人生 セイダのストーリー 7回目の手術を終え、実家に帰郷したセイダの頬にキスをする妹のエクラ(16歳)。》2010 (YP2011年度収蔵) ?Noriko Hayashi

林典子《パキスタン:酸に焼かれた人生 セイダのストーリー
7回目の手術を終え、実家に帰郷したセイダの頬にキスをする妹のエクラ(16歳)。》2010
(YP2011年度収蔵)
ⒸNoriko Hayashi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林典子は、2010年度から11,12,13年度まで《HIV/無音の世界に生きる?ボンヘイのストーリー》(2009)《パキスタン:酸に焼かれた人生 セイダのストーリー》(2010)《東日本大震災-混沌と静寂》(2011)などを収蔵。『キルギスの誘拐結婚』は、大きな衝撃をもたらし、ヴィザ・プール・リマージュでの受賞をはじめ、林の仕事が世界的に評価されました。林が当館のYPに応募できるのはあと3年間可能です。彼女が次に何を考え、何を撮るのか?にこれまで以上に注目していきたいと思います。

二人の活動は、滑走路から浮上した飛行機が、今まさに全力で高度を上げているようにも見えます。YPには、ERICや林典子のような写真家が、35歳になるまで毎年繰り返して応募しています。YP展は、毎年ご覧いただくことによって、彼らの変化や成長を目の当たりにすることができます。ぜひ継続してご覧いただき、彼らの発するメッセージに耳を傾けていただければ幸いです。

 

Curator’s Choice #3

名川明宏写真集「時空間の粒子」

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子
名川明宏《Arabia Felix》1996 ?Akihiro Nagawa

名川明宏《Arabia Felix》1996
ⒸAkihiro Nagawa

昨年10月、名川明宏(1971)の写真集「時空間の粒子」(冬青社)が出版され、今年になって、ようやく手にすることができた。名川の作品は、1998、1999、2000年度ヤング・ポートフォリオ(YP)にて15点を収蔵しているが、その表紙はヤング・ポートフォリオで収蔵した作品とは異なる表情をしている。YPの作品は、すべて中東イエメンで撮影されている。当時、イエメンの伝統的な建築と街に魅了された名川は、そこに住む人々の暮らし全体を包み込む時空間を表現しようと、さまざまな光、角度から、街の佇まいを捉えていた。イエメン独特の建造物が画面を満たし、大型カメラで丁寧に凝縮されたその空間は、異国の街の息づかいを生き生きと伝えている。

名川明宏『時空間の粒子』(冬青社、2014年)

名川明宏『時空間の粒子』(冬青社、2014年)

一方、「時空間の粒子」はまず、すべて国内での撮影ある。私自身も見覚えのある都内各所が多い。しかし主役は、ビルの隙間の先にスコンと広がる淡い水色の空や、空を映しながら穏やかに漂う水。写真のすべてが水のある風景なのである。河川敷のちょっとしたスペースに作られた公園、橋、港湾、護岸、運河、そしてリバーサイドのマンション群など、普段敢えて目を凝らして見ることのない風景が淡々と、しかし非常に緻密に切り取られ、繰り返されている。東京は、江戸時代から水を管理し、埋め立てることで成り立ってきたという歴史を持つが、それを普段の生活で意識することは少ない。一定のリズムの波に乗って、あるいは海沿いの風に乗って旋回する鳥のように、ページをめくる愉しさに浸った後、巻末のテキストを読んで知ったのは、名川が現在は建築写真家になっていたことや、川崎市水道局に勤務していた父親が、15歳の時に勤務中の事故で亡くなったことだった。生前よく父親は「川崎の水はうまい」と話していたという。

0723写真は、すべてが縦位置で、のびやかな目線が心地よい。8歳になる娘と一緒に百人一首の暗唱をしていたという名川は、ある河川敷で「水の中の粒子 空の先の銀河」という言葉がふと口をついて出たという。以来、撮影はその言葉に導かれて進んだ。

人は空と水に生かされて、命が育まれている。水路は都市の血管のように存在しているのに、普段はいっさい視界に入らず、その気配を消しているようだ。空間を埋める建造物から視線を切り離して、ようやく見えてくる空や水。写真家自身も父親となった今、大切に思う日々の暮らしと、水を巡るさまざまな風景とが重なり合い、織りなす美しい時間の粒子がそこに見えている。

 

・名川明宏(ながわ あきひろ)略歴

1971年、神奈川県川崎市に生まれる。1999年、日本大学大学院芸術学科映像芸術専攻修了。展覧会には、個展「イエメン 時の往来」(銀座ニコンサロン、1999年)、グループ展「第14回 ひとつぼ展」(ガーディアン・ガーデン、1999年)などがある。コレクション:清里フォトアートミュージアム(1998, 1999, 2000年度)

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