NEWS Toggle

清里フォトアートミュージアム開館20周年記念展「原点を、永遠に。」を終えて⑤

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子


トーク・イベント④熊谷聖司×下薗詠子×有元伸也×瀬戸正人(進行)

 

_MG_6248

左/熊谷聖司氏、右/瀬戸正人氏

8月23日(土)午後2時から、4回目となる「原点を、永遠に。」展記念トーク・イベントを東京都写真美術館1階ロビーにて行った。活発に制作・発表している若い写真家たちの生の声に耳を傾けようと会場は満席となった。全くタイプの違う作家たちからどのような和音が生まれるのか、会場の空気も真剣なものだった。

YP96025-02

熊谷聖司《もりとでじゃねいろ》1994 ⒸSeiji Kumagai

進行の瀬戸正人氏は、まず写真家となったきっかけからトークを始めた。映画を学びたかった熊谷氏、アンディ・ウォーホルの画集を見てシルクスクリーンを学びたかった下薗氏など、きっかけはさまざまだが、実家が写真館だった瀬戸氏は、写真を学ぶために上京し、森山大道氏に出会った。まるでウィルスに感染したかのように人生を変えてしまったその出会いを、瀬戸氏は“M型ウィルス”(森山氏のM)と呼び、自身もS型ウィルスを広めるべくワークショップを行っているという話が、会場の緊張をほぐして行った。

瀬戸氏自身がM型に感染したということから、3人の写真家にそれぞれに与えた影響を尋ねると、熊谷氏は森山大道氏の「光と影」ウィリアム・クラインの「ニューヨーク」。下薗氏はリチャード・アベドンとダイアン・アーバス。有元氏は60年代アメリカの写真と内藤正敏氏の「東京」をあげた。なかでも「東京」をファッション本と思い込んで開いた有元氏は、内藤氏が捉えた東京の闇の世界に大きな影響を受けたという。

_MG_6256

有元伸也氏

U4222_DSC1693

有元伸也《TIBETAN WAY》1998 ⒸShinya Arimoto

2013年度、2014年度と2年間ヤング・ポートフォリオの作品選考をされた瀬戸氏は、その特徴として、「今は無名な作家たちのいずれ“原点”となる作品を選ぶ」難しさ、「お金を払って買い上げる」難しさ、そして「3人の選考委員全員が合意しなければ選ばれない点」をあげた。「1人だけ、2人だけでなく、3人が良いと思った作品には、やはりそれなりの力と良さがある。そして、10年後も作品の力がキープされている。」と言う。

YP98065-02

下薗詠子《同世代》1998 ⒸEiko Shimozono

_MG_6243

下薗詠子氏

一方、永遠のテーマである「写真家はどうやって食べているのか?」に話が及ぶと、さらに会場はほぐれていく。有元氏「お金がなくても毎日楽しく生きられるのも才能。カメラ、フィルム、印画紙、現像液があれば幸せ。」とはいえ、究極の問題解決法とは?「食べないこと。」と瀬戸氏。「前に食べたのがいつだったかわからない身体になっている。写真家に太った人はいないし、太った写真家は信用しない方がいい。」と新説を発表。

食べる食べないはさておき、写真家として最も難しいのは、ひとつのテーマが決着した時に次をどう展開するか、そのジャンプ力が問われることだと瀬戸氏は指摘。熊谷氏は、さまざまなシリーズを長いスパンで同時進行させ、常に発表したい本が20ぐらいあるそうだ。一区切りついたら、のんびりしながらインスピレーションが下りてくるのを待つという下薗氏。そのような状態で森山大道氏のカラー作品を見た際に“ピカーン”となり、現在進行中の「あふるる」を始めるきっかけとなった。常に人に作品を見せることが自分を後押ししてくれると言う有元氏も、全員に共通するのが「人に見せてこそ写真」だという点だ。

_MG_6245

瀬戸正人氏

最後に瀬戸氏がパネリストに投げかけた質問は「自分にとって良い写真とは?」熊谷氏は、「見た人が後から反映する何かを感じられるものとして(写真が)存在しているのが一番良い。見た人の記憶に残って、ずっと揺れのようなものが残る写真」有元氏は「撮り手が相手を見ている、目が合う写真。下薗さんが19歳の時の写真もすごかった。」とコメント。

誰でも、何でも撮れる時代だが、良い写真とは、写った画像よりも、撮影者の目線が感じられる写真、見る人に何かが響いてくる写真だ。だから写真家は、自分が本当に何を見せたいのか煮詰めて行くしかない。これからヤング・ポートフォリオに応募をしようとする若者に向けた強いメッセージでトークは終了した。

  • パネリスト略歴

熊谷聖司(くまがい・せいじ)1966年北海道に生まれる。1997年、日本工学院専門学校卒業後、海老名享氏に師事し、独立。1994年《もりとでじゃねいろ》にてキヤノン写真新世紀年間グランプリを獲得。個展に「ダイナマイト・パンチ・エキサイティング」(1997)「最初の音」(1997)「人と人の事」(1998)「BIBLE」(2001年)「春ニ還ル」(2003)など。写真集に『あかるいほうへ』『神/うまれたときにみた』『EACH LITTLE THING』など多数。最新の写真集に『MY HOUSE』、最近作に「はるいろは かすみのなかへ」がある。

http://www.kumagaiseiji.com

有元伸也(ありもと・しんや)1971年大阪府に生まれる。1994年、ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業。ガーディアン・ガーデンの公募展「人間の街」に《我国より肖像》が入選し、初個展を開催。1997年「チベットより肖像」を発表し、1998年第35回太陽賞を受賞。2008年、自主運営ギャラリーTotem Pole Photo Gallery (TPPG)を四谷4丁目に設立。8名で運営している。2010年より自費出版による写真集ariphotoを始め、年一回発刊している。2000年より東京ビジュアルアーツ講師をつとめ、教え子からヤング・ポートフォリオ作家が生まれている。http://arimotoshinya.com

下薗詠子(しもぞの・えいこ)1979年鹿児島県に生まれる。1999年、九州ビジュアルアーツ写真学科卒業。2001年、「現の燈」(うつつのあかし)をコニカフォトプレミオ/新しい写真家登場にて初めて発表する。2010年「きずな」にてビジュアルアーツフォトアワード大賞を受賞し、同年第36回木村伊兵衛賞を受賞。19歳より雑誌を中心に音楽CDジャケット、俳優、アーティスト、オリンピック選手など国内外で数多く撮影。現在はシリーズ「あふるる」を手がける。鹿児島県在住。http://shimozono115.wix.com/homepage

瀬戸正人(せと・まさと)1953年タイに生まれる。8歳で父親の故郷・福島県に移住。実家は写真館を経営。1973年、東京ビジュアルアーツ卒業。在学中より森山大道氏に大きな影響を受ける。森山氏の紹介で岡田正洋写真事務所に勤務し、そこで写真家・深瀬昌久氏と出会い、助手となる。1981年独立。1987年、山内道夫氏と自らの発表の場ギャラリーPLACE Mを開設、現在も運営している。1996年「Silent Mode」「Living Room, Tokyo」が評価され、木村伊兵衛賞を受賞。2010年からは同賞の審査員をつとめている。2012年度、2013年度YP選考委員。最新作に震災後に福島県に降り注いだ放射能物質セシウムを写真にとらえようと試みる「Cesium/Cs-137」がある。http://www.setos.jp

ShutDown