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HP連載: 「石」と「人」をめぐる冒険 井津建郎の半生 …. 第六回

揺るがない決意と周囲の支えにより、10年かかるといわれたアンコール小児病院の創設を4年で果たした井津建郎。難しい病院運営や人々との出会いが、写真家としての井津をさらに磨きあげていきます。連載・最終回をお楽しみください。

 

「石」と「人」を巡る冒険 井津建郎の半生

                   山岡淳一郎

<第六回>

「人」を撮るということ

井津が率いるフレンズは、カンボジア政府から土地を借りて小児病院を建てた。土地の借用期間は、当初10年だった。期限がきたら地元の人たちに運営を全面的に任せ、フレンズは一支援者に回ればいいと井津たちは考えていた。

ところが、期限が近づくと、病院のスタッフは「この先どうなるのだろう」と動揺し始めた。周辺には観光用のホテルがどんどん建っている。借地期限がきたら、土地は政府に取り上げられ、経済成長の波に呑まれて病院もホテルにされるのではないかと不安に苛まれたのだ。

井津はリーダーとして一大決心をする。ふだん物腰の穏やかな彼からは想像もできないような決断だった。カンボジアの最高権力者、フン・セン首相に借地期限の延長を直談判しようと決めた。フン・センといえば内戦時代に軍司令官として激戦に加わり、左目を失った人物である。カンボジアの友人には「気に入らない会議だと彼は拳銃を天井に向けてぶっ放すから気をつけろ」と耳打ちされた。

井津は、意を決してフン・センとのミーティングルームに入り、思わず天井を見上げた。弾痕は……、なさそうだった。やたら拳銃をぶっ放すというのは「伝説」のひとつだろう。直に接したフン・センは意外に親しみやすく、借地期間の「50年」への延長をすんなり受け入れてくれた。スタッフの動揺は収まった。

小児病院は設立から10年が過ぎ、カンボジア人の手に運営が委ねられた。フレンズはラオスに活動を広げ、そこに小児病院を設けたのだった。

フレンズの活動は井津と「人」の距離を縮めた。寄付金集めのような世事にまみれているうちに人への耐性が井津の内部で育まれた。彼の半生をトレースしてきた私にはそう思えてならない。物や遺跡にしか向けなかったレンズを、ついに人に向ける転機が訪れる。

2003年、本業の写真撮影でブータンを訪れた井津は「何と欲にとらわれない人の集合体だろう」と目を見張った。ポーターの少年が撮影の途中で「畑の収穫が始まるので帰る」と言う。「ここの報酬のほうがいいでしょう」と引き留めかけると、「いや、僕は農家の息子だから畑を大切にしたい」と告げて少年は風のように去った。

負けた、心地よく敗れた気分だった。井津はブータンで遺跡だけでなく、人を撮ってみようと思い立つ。黒人カメラマンのボスと喧嘩してスタジオを辞めてから、人は撮らなかった。ファッション写真のトラウマを背負っていたのかもしれない。その呪縛が、根雪が溶けるようにブータンで消えた。

ブータンで撮影した人たちの時空を超えた、透徹したまなざしは、最新作「永遠の光」にも受け継がれている。

ムクティ・バワンで死を待つ人たちの写真集は、終盤のどんでん返しで「赤ん坊の肖像」が現れ、悠久のガンジスに回帰して「火葬場」でしめくくられる。

生も死も、断絶と持続、絶対と相対、衆生も神々も、本質的には同一で対立は存在しない、とインドは語りかけてくる。

井津の旅は続いている。「死」を撮ることもまた、作品の終着点ではない。メビウスの輪のように表現はつながり、そこがまた起点となる。

人生は「出会い」の連続だ。

さて、次はどこへ向かうのだろう……。

-了-

 

井津建郎《インド 永遠の光 — ベナレス361#5》2014年 ゼラチン・シルバー・プリント、作家蔵

井津建郎《インド 永遠の光 — ベナレス361#5》2014年
ゼラチン・シルバー・プリント、作家蔵

井津建郎《インド 永遠の光 — ベナレス23#12》2013年  ゼラチン・シルバー・プリント、作家蔵

井津建郎《インド 永遠の光 — ベナレス23#12》2013年
ゼラチン・シルバー・プリント、作家蔵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎井津建郎 /写真家(1949-)

20歳で渡米後、100キロの大型カメラで世界の遺跡を撮影する。写真のアカデミー賞、ルーシー・アワード受賞(米、2007)。小児病院建設のため認定NPO法人フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーを創設、同USA理事、名誉会長。同団体JAPAN理事、副代表。

◎山岡淳一郎 /ノンフィクション作家(1959-)

愛媛県生まれ。「人と時代」を共通テーマに政治、近現代史、医療、建築など分野を超えて旺盛に執筆。時事番組の司会も務める。著書は『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『原発と権力』『国民皆保険が危ない』他多数。

 

この連載は、K・MoPAのニュースレターVol.7に全文掲載し、館内にて自由にお取りいただけます。無料で館内に設置いたします。ご希望の方は「井津建郎インド―光のもとへ」展の会期中にご来場ください。心よりお待ちしております。

 

<展覧会>

7月2日(土)~10月10日(月・祝)

井津建郎「インド―光のもとへ」

休館日:火曜日、7/2(土)~9/5(月)まで無休

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