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井津建郎「インド — 光のもとへ」

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開催概要

展覧会名:井津建郎「インド ― 光のもとへ」Kenro Izu: Eternal Light

会  期:2016年7月2日(土)~10月10日(月・祝)

休  館 日:6/20(月)~7/1(金)、7,8月は無休、9月以降は毎週火曜日

会  場:清里フォトアートミュージアム

開館時間:10:00~18:00(入館は閉館30分前まで)

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井津建郎《インド 永遠の光》より   昨年末からクンブ・メーラのためのテント村設置に従事してきた労働者の妻、ニラム・デビの手。夫婦はビハール県から季節労働者としてアラハバッドに来ている。2013年1月 (クンブ・メーラとは「水差しの祭典」の意。世界最大の宗教的祝祭とも言われるヒンドゥー教の大祭で、12年に一度行われる。祭りの行われる55日間に、最多1億人とも言われるインド中のヒンドゥー教徒が、罪を洗い流そうと、聖なる河ガンジスで一斉に沐浴する。)

 

清里フォトアートミュージアム(略称:K・MoPA、所在地:山梨県北杜市、館長:細江英公)は、ニューヨークを拠点に活動する写真家・井津建郎(いず けんろう、1949)の個展「インド ― 光のもとへ」を2016年7月2日(土)~10月10日(月・祝)に開催いたします。《インド 祈りのこだます地》シリーズと、《永遠の光》シリーズ、約120点をまとまった形で発表するのは、世界初となります。

本展は、ヒンドゥーの神に祈る人々をとらえた<祈りのこだます地>、家族が一緒に最期の時を過ごすための施設「解脱の家」を撮影した<解脱>、聖なるガンジス河岸にて行われる「最後の儀式」をとらえた<荼毘>、夫の死後、祈りの日々を過ごす未亡人たちをとらえた<寡婦>、そして<孤児>などから構成されています。

ヒンドゥー教徒は、死を、この世からの解脱であり、“光”のもとへ旅立つ出発点と信じています。作品には、敬虔な祈りに支えられた彼らの「生と死の尊厳」と、井津がヒンドゥーの人々に見出した“光”への畏敬の念が表現されています。井津の作品と、当館の基本理念である「生命(いのち)あるものへの共感」、それは深いところで繋がっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

《インド 永遠の光》より、1日中荼毘の火が絶えることのない、ベナレスの火葬場マニカニカ・ガートの朝。ベナレスはヒンディー語で「光の街」を意味し、聖地として2千年以上の歴史を持つ。 ヒンドゥー教徒にとっては、ベナレスで死に、ガンジス河畔で荼毘に付されれば、無限の輪廻転生から解脱できると信じられている。2015年1月

《インド 永遠の光》より、1日中荼毘の火が絶えることのない、ベナレスの火葬場マニカニカ・ガートの朝。ベナレスはヒンディー語で「光の街」を意味し、聖地として2千年以上の歴史を持つ。
ヒンドゥー教徒にとっては、ベナレスで死に、ガンジス河畔で荼毘に付されれば、無限の輪廻転生から解脱できると信じられている。2015年1月

困難な撮影条件が飛躍に

「解脱の家」での撮影は、例外なく、喜んで人々に受け入れられました。ところが、現実には薄暗く、小さな部屋に、井津の代名詞となっている特注の大型カメラを持ち込めないことから、中型サイズのカメラに変更せざるを得ませんでした。そのため、井津が最も定評を得ている優美な褐色系のプラチナ・プリント作品が作れず、いわゆる白黒トーンのモノクロ・プリントでの作品制作となりました。写真家として非常に大きな環境の変化と対応を強いられたことが、人との距離を縮め、井津の撮影に大きな自由度を生み出しました。井津が、初めて発表するモノクロ・プリントの比類ない滑らかな美は、見る人を写真の世界に引き込み、魅了することでしょう。結果的には、困難な撮影条件を糧に、井津は大きな飛躍を遂げたのです。

夫の死後、未亡人は、ヒンドゥーの教えに添って、 家族の元を離れなければなりません。ガンジス河岸の「寡婦の家」に、 互いに寄り添って生きる未亡人は、「わたしは永遠に悲しみ、永遠に幸せ」と井津に微笑みかけたと言います。

井津が、ヒンドゥーの人々に見た「永遠の光」とは何か―。井津建郎の新境地と、絶えざる挑戦の日々がここにあります。

 

 

 

 

 

《インド 祈りのこだます地》2012年

《インド 祈りのこだます地》2012年

《インド 永遠の光》より、髪を剃られて喪主の装いを纏うチタドゥはまだ5歳。     次々と両親を亡くし、残った最期の家族である。夕暮れのナランプール火葬場にて。2013年2月

《インド 永遠の光》より、髪を剃られて喪主の装いを纏うチタドゥはまだ5歳。 
次々と両親を亡くし、残った最期の家族である。夕暮れのナランプール火葬場にて。2013年2月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《インド 永遠の光》より、サッドプール火葬場は、ベナレスから東45キロのガンジス河畔にある。2014年1月

《インド 永遠の光》より、サッドプール火葬場は、ベナレスから東45キロのガンジス河畔にある。2014年1月

《インド 永遠の光》より、アンジャリは6〜7歳と推定される女の子。僧侶が運営する孤児院、マヒラ・バル・カリヤン・アナタレイに住む。キャロンというゲームが好きで、将来は教師になりたいと言う。(後略)ブリンダバン 2014年1月

《インド 永遠の光》より、アンジャリは6〜7歳と推定される女の子。僧侶が運営する孤児院、マヒラ・バル・カリヤン・アナタレイに住む。キャロンというゲームが好きで、将来は教師になりたいと言う。(後略)ブリンダバン 2014年1月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

井津建郎とインドとの出会い

井津が、初めてインドを撮影したのは1996年でした。本展で展示する作品は、主に2008年から8年間、年に2、3回の長期滞在を繰り返して撮影したものです。撮影は、ガンジス河添いの聖地ベナレス、アラハバット、ブリンダバンにて行われました。

井津は、1996年、インド・ベナレスの石造遺跡を撮影中に、死者が荼毘(だび)に付される様子を見て以来、この地に興味を抱いていました。ベナレスは、ヒンドゥー教徒が、死後ガンジス河に流されることを切望する聖地です。ガンジス河畔で、旅立つ人が炎に包まれる側で談笑する家族を見ていた井津は、やがて、白い灰と燃え残った塊が喪主によって河に投げ入れられ、家族が立ち去り、後には何も残っていない ― その様子に驚いたと言います。異なる死生観を目の当たりにしてから10年の後、井津のインドでの本格的な撮影が始まりました。

井津自身も、家族の死を体験したなかで、人はどのように生き、最期の時を迎えるのかということを、より身近に、より深く考えるようになったと言います。その思いに駆り立てられるかのように、撮影とプリントを繰り返しては、再びその場所へ戻っていきました。あくまでも静謐なモノクロームの世界の中に、写真家自身の問いかけが、澱のように漂い、息づいています。

《インド 永遠の光》より、夫婦は70年間連れ添ってきたという。旅立ち間近の夫が、無意識ながらも寝床でむずかると、妻が寄り添い、手を取り、何かを夫に囁いた。男は静かになり、平安が訪れたようだった。意識がなくとも、長年連れ添った妻の声が、男を安らかにさせたのだろうか。その光景は美しかった。ベナレス、2013年2月

《インド 永遠の光》より、夫婦は70年間連れ添ってきたという。旅立ち間近の夫が、無意識ながらも寝床でむずかると、妻が寄り添い、手を取り、何かを夫に囁いた。男は静かになり、平安が訪れたようだった。意識がなくとも、長年連れ添った妻の声が、男を安らかにさせたのだろうか。その光景は美しかった。ベナレス、2013年2月

《インド 祈りのこだます地》2009年(プラチナ・プリント)

《インド 祈りのこだます地》2009年(プラチナ・プリント)

《インド 永遠の光》より、ブリンダバンに48年間住むというシャンティ・バイが語る。(中略)「人生の目的?そんなものは全て捨ててクリシュナ神とラダの慈悲のもとへ行くの。」「私は永遠に悲しみ、永遠に幸福です。」ブリンダバン 2014年2月

《インド 永遠の光》より、ブリンダバンに48年間住むというシャンティ・バイが語る。(中略)「人生の目的?そんなものは全て捨ててクリシュナ神とラダの慈悲のもとへ行くの。」「私は永遠に悲しみ、永遠に幸福です。」ブリンダバン 2014年2月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《インド 祈りのこだます地》2010年(プラチナ・プリント) 

《インド 祈りのこだます地》2010年(プラチナ・プリント)

《インド 永遠の光》より、シャウリア(男児)は、天気の良い日、庭のベッドに寝かされていた。ムラデビ村は大体において貧しい農村だが、ベナレス・ヒンドゥ大学に事務職で勤める父を持つこの家は、比較的裕福に見える。幼児の大きな瞳に太陽と木々、世界が映る。 ベナレス、2014年8月

《インド 永遠の光》より、シャウリア(男児)は、天気の良い日、庭のベッドに寝かされていた。ムラデビ村は大体において貧しい農村だが、ベナレス・ヒンドゥ大学に事務職で勤める父を持つこの家は、比較的裕福に見える。幼児の大きな瞳に太陽と木々、世界が映る。
ベナレス、2014年8月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真集『Eternal Light』は、Steidl/Howard Greenberg Galleryにて発行予定、ただし時期は未定。

当館における過去の井津建郎展

「アンコール遺跡 光と影」(1996年)(1997年~2001年まで、全米11箇所を巡回)

「アジアの聖地」(2001年)

「ブータン 内なる聖地」(2008年)

井津建郎(いず けんろう)略歴

1949年、大阪に生まれる。山口県・岩国市での中学校在学中に写真を始め、日本大学芸術学部写真学科へ進学。1970年、20歳で写真家を目指し渡米。1974年にKenro Izu Studioを立ち上げ、主に宝石を撮影するコマーシャル・スタジオを運営する。1979年、初めてエジプトを訪れ、“聖地”に深く魅せられる。以後、世界各地の遺跡の撮影を始め、その後出会った古典技法のプラチナ・プリントによって遺跡シリーズの作品制作を始める。14×20インチ(約36×50㎝)のフィルムを使用し、機材の重さが100キロとなる大型カメラでヨーロッパ、中東、アジア各地の聖地を撮影している。

1993年に訪れたカンボジア・アンコール遺跡群に深く感銘を受け、この地に小児病院建設を決意する。写真家としての活動の傍ら、1996年NPO「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー」(略称フレンズ)を設立。1999年「アンコール小児病院」を開院し、2013年には現地スタッフに運営を委ねるまでとなった。また、2015年にはラオスにて「ラオ・フレンズ小児病院」を創設。現在も運営に携わっている。

フレンズは、“アートは社会を変え得る”(Art can make a difference.)というメッセージをこめて、1997年より毎年チャリティ・オークションを主催。世界の数百人の写真家も井津の呼びかけに賛同し、作品を無償提供して活動に協力している。米・グッゲンハイム・フェローシップをはじめ、数々の奨学金を受賞したほか、2007年には、写真界のアカデミー賞と言われる「ルーシー・アワード」のヴィジョナリー賞を受賞。

2016年2月、インドの撮影をいったん終了し、現在は、イタリアのポンペイ遺跡を撮影するプロジェクトを開始した。http://www.kenroizu.com

会期中のイベント

KMoPAチャリティ・トーク&ライブ2016

「小児病院をつくった写真家・井津建郎」

日時:7月30日(土)14:00~16:00 会場:当館音楽堂

K・MoPAが支援するラオ・フレンズ小児病院とアンコール小児病院は、世界で活躍する写真家・井津建郎が創設しました。なぜ彼は、異国の地に病院をつくろうと決意したのか?ノンフィクション作家の山岡淳一郎が、その原点にせまります。収益は、同病院と東日本大震災の被災者支援団体「いのち・むすびば」に寄付します。

第一部<トーク> 出演井津建郎、山岡淳一郎(ノンフィクション作家)

第二部<ライブ> 出演ウォン・ウィンツァン

参加費:一般3,000円、2名以上はお一人2,000円、小・中学生は無料 友の会会員は各1,000円引き

要予約/定員120名/全席自由

ウォン・ウィンツァン

ピアニスト、即興演奏家、作曲家

1949年神戸生まれ、東京育ち。19歳よりジャズ、前衛音楽、フュージョン、ソウルなどをプロとして演奏。NHK「にっぽん紀行」Eテレ「こころの時代」テーマ曲も手がける。東日本大震災の被災地支援や平和のチャリティ演奏を続けている。超越意識で奏でる透明な音色で「瞑想のピアニスト」と呼ばれている。http://www.satowa-music.com

アーティストによるギャラリー・トーク:「インドー光のもとへ」 

日時:7月31日(日)13:00~15:00

出演:井津建郎、山岡淳一郎(ノンフィクション作家)

写真(中)は、インドにて撮影中の井津建郎。さまざまな撮影エピソードなどを展覧会場にてお話いただきます。(撮影:Nandita Raman)

山岡淳一郎(写真下)/ 愛媛県生まれ。「人と時代」を共通テーマに政治、近現代史、医療、建築など分野を超えて旺盛に執筆。時事番組の司会も務める。著書は『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『原発と権力』『国民皆保険が危ない』他多数。

ウォン・ウインツァン

ウォン・ウインツァン

山岡淳一郎

山岡淳一郎

インド・エローラにてサドゥを撮影中の井津建郎(撮影:Nandita Raman)

インド・エローラにてサドゥを撮影中の井津建郎(撮影:Nandita Raman)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■会期中のワークショップ

プラチナ・プリント・ワークショップ

プラチナ・プリントとは、鉄塩の感光性を利用し、プラチナやパラジウムを使用して焼き付ける古典技法です。白から黒までの階調が豊かで、微妙なグラデーション表現が可能です。すべての写真技法のなかで、最も保存性が優れており、画像は劣化・退色しません。当館では、プラチナ・プリント作品の収集だけでなく、技法の継承を目指し、毎年プラチナ・プリント・ ワークショップを開催しています。 フィルムに触れたことのない方も、 手作りの印画紙に写真を焼き付け、現像するという写真の原点を体験することで、写真の新しい見方、あるいは表現世界の広がりを得ることができるでしょう。 暗室作業は初めてという方も、作品制作に取り入れたいという方も、 講師の細江賢治先生が丁寧に指導します。

日時:9月24・25日(土・日)2日間 講師:細江賢治(写真家)

参加費:30,000円(入館料を含む)友の会会員は27,000円

定員:8名要予約

*参加のお申し込みは、9月17日までに、ご住所、お名前、参加人数をメールにてお知らせください。

印画紙となる用紙にネガを乗せて、乳剤を塗る範囲に印を付けます。

印画紙となる用紙にネガを乗せて、乳剤を塗る範囲に印を付けます。

乳剤をスポンジで塗ります。

乳剤をスポンジで塗ります。

現像中。像が出て来ましたね。

現像中。像が出て来ましたね。

 

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