12月, 2014 Toggle

Curator’s Choice #2

テグ・フォト・ビエンナーレに参加して

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子

韓国・大邱(テグ)にて、テグ・フォト・ビエンナーレが2014年9月12日〜10月19日まで開催された。テグは韓国第三の都市で、ソウル駅から電車で2時間。写真文化をリードする街として、2006年から始めた国際的なフォト・ビエンナーレは今回で5回目となる。

フォト・ビエンナーレ会場のテグ・カルチャー&アート・センター

フォト・ビエンナーレ会場のテグ・カルチャー&アート・センター

オープニング・レセプションにて

9月12日オープニング・レセプションにて

 

 

 

写真は、9月12日のオープニングでのスナップ。写真右からガーディアン・ガーデンのプランニングディレクター菅沼比呂志氏、ビエンナーレの展覧会「Origins, Memories & Parodies」に作品を出品した山本昌男氏、同じくLost & Found Projectを展示の高橋宗正氏(YP作家)、展覧会アソシエイト・キュレーターのモーリッツ・ノイミュラーのアシスタントを務めていた下西進氏(YP作家)、KMoPA山地、そして東京都写真美術館・学芸員の伊藤貴弘氏である。菅沼氏と私は9月13、14日の2日間で30名の写真家のポートフォリオ・レビューを行った。また、9月15日には、テグやその他の都市から集まった写真教育に携わる方々、学生・大学院生などを対象に、ヤング・ポートフォリオについてのスライド・レクチャーを行う機会をいただいた。

9月15日スライド・ショー会場

9月15日スライド・ショー会場

ビエンナーレ会場風景

ビエンナーレ会場風景中央・左の作品はMarcos Lopez

山本昌男氏の作品は壁面と、祈りの象徴である折り鶴を自由に折れるよう、 小さなちゃぶ台が用意されていた。

山本昌男氏の作品は壁面と、祈りの象徴である折り鶴を自由に折れるよう、
小さなちゃぶ台が用意されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

BO MU(中国)によるインスタレーション

BO MU(中国)によるインスタレーション

Yang Yongliang(中国)展示風景

Yang Yongliang(中国)展示風景

 

今回のビエンナーレのテーマは、Photographic Narrative (写真的な文脈)。メインとなる展覧会のテーマは「Origins, Memories & Parodies」で、日本からは山本昌男、Lost & Found Project、韓国からYP作家の若手ハン・スンピルなど、全32作家の作品が展示された。キュレーターはスペインのアレハンドロ・カステローテ。写真の歴史が始まってから、‘機械の目を通した客観的な記録’とみなされてきた写真の意味を新たに探ろうとするものだ。21世紀の文化的・社会的環境のコンテキスト内で起こっていることと、その原点となるもの、そして撮影されたもの(写真)の存在意義をテーマとして新しい解釈を提案する。写真が、いかに多様な機能や意味を持つものであるかを体感することができる。大型の作品が多く、非常に大規模な展示だ。別の会場にて報道写真家による「WOMEN IN WAR」展も開催されていた。その会場の一角にあったのは従軍慰安婦の作品展示。「真実の記憶」(Memory of Truth)とサブタイトルのプリントされた壁面には、等身大の若い女性のオブジェが一人だけ腰掛けている。絶えることのない痛みの深さを伝えていた。

Women in War 展併設の従軍慰安婦展会場

Women in War 展併設の従軍慰安婦展会場

 

ポートフォリオ・レビュー「ENCOUNTER」は、展覧会場とは別に、滞在していたホテルにて行われた。広い一室に韓国・海外が約半々の23人のレビューワーがおり、作家がポートフォリオを持って、20分ごとに異なるレビューワーの元に移動する。一人の作家が一日10人のレビューを受けることができる。レビューを受ける作家たちは、3人が日本から参加していた以外はすべて韓国国内から。年齢も幅広くキャリアも学生からプロまでさまざまだ。海外のレビューワーは、英語でレビューを行い、韓国語の通訳が入る。そのため時間はかなり限られるが、自分の作品について熱く語る作家が多いので、毎回制限時間いっぱいまで、こちらもがっぷり四つの取り組みとなった。1日に15人のレビューを2日間連続して行うという、ややマラソン的なスケジュールだったが、めくるめく個性の連続は、非常に楽しい時間だった。

 

Wendy Watriss, Fotofest共同創立者

Wendy Watriss, Fotofest共同創立者

LensCulture代表、Jim Casper

LensCulture代表、Jim Casper

韓国を代表する写真家クー・ボンチャン(右)

韓国を代表する写真家クー・ボンチャン(右)

Irène Attinger, Maison Europenne de la Photorgraphie

Irène Attinger, Maison Europenne de la Photorgraphie

 

レビューワーの中の長老は、何と言ってもウェンディ・ワトリスとフレッド・ボールドウィン。現在80代半ばという二人はヒューストン・フォトフェストの共同創立者であり、1998年にはKMoPAが主催した国際会議オラクルに出席するため、当館に来館している。カステローテも、レビューワーで韓国を代表する写真家のクー・ボンチャンとも、私にとってはオラクル以来の再会となった。ワトリスは、1960年代、すでにフォトジャーナリストとしてキャリアを始め、以来キュレーター、ライターとして国際的に活躍。写真家を発掘し、世に送り出すことへの尽きないエネルギーには胸を打たれる。2013年にKMoPAにて開催した「森ヲ思フ」展にて作品を展示した志鎌猛氏は、2009年にヒューストン・フォトフェストのInternational Discoveries IIに招待されており、ワトリスは、早くから志鎌氏の作品を高く評価していたのだ。志鎌氏の活躍が確実に広がりつつあることを共に喜んだ。

 

このENCOUNTERから選ばれる3−4人は、次回のビエンナーレにて作品を展示することができるシステムとなっている。また、海外のキュレーター、フォトフェスティバルのディレクター、ギャラリストらに作品を見せ、海外での発表の機会へつなげたいという意図で、多くの作家たちが申し込み、事前審査を経た作家たちは真剣そのものだった。もちろんギャラリストやキュレーターは作家とのまさにENCOUNTER(出会い、遭遇)を期待している。

LIM Tae Hoon, “ Division Tour, ” 2007  (板門店にて韓国の軍人と記念撮影をする外国人観光客) ⒸLim Tae Hoon

LIM Tae Hoon, “ Division Tour, ” 2007
(板門店にて韓国の軍人と記念撮影をする外国人観光客)
ⒸLim Tae Hoon

沈學哲SHEN Xue Zhe, “Tourist Group on Tumen Customs Bridge,” 2010 ⒸShen Xue Zhe

沈學哲SHEN Xue Zhe, “Tourist Group on Tumen Customs Bridge,” 2010
ⒸShen Xue Zhe

ポートフォリオの中で最も多かったのは、韓国国境をめぐる作品だ。Youngchuel Jiによる地球上の38度線を撮影する壮大なプロジェクト“north latitude 38°”や、LIM Tae HoonによるDMZ(北朝鮮との軍事境界線)を見る観光ツアーのドキュメンタリー“Division Tour”、写真家自身が兵役に付きながら密かにカメラを持ちこんで撮影した作品、国境を流れる河を両側から捉えた中国の写真家SHEN Xue Zheなど、まず何よりも、この国の抱える日常的な緊張感の高さを強く感じた。

また、非常に繊細な伝統的な墨絵をイメージさせる作品などに技術的な高さを感じる一方、多くの女性が就職や結婚のために美容整形を受ける現状を取材したLEE Seung Hongのプロジェクトも衝撃的だった。あるいは、厳しい受験戦争を経て法学部へ進学したのに、写真家になろうとドイツへ留学し、両親を悲しませた自分自身の経験から制作した“THE GUILTY”(罪悪感)というJi Hyun KWONの作品は、街で偶然見かけた人に自分の経験(両親の期待を裏切った)を話し、彼または彼女にも罪悪感を感じることがあれば写真を撮影させて欲しいと依頼。後日室内にて、彼・彼女自身が罪悪感を感じていることを自身の顔に書いて撮影するというシリーズ。また、韓国の小学生が受験のためにスピーチ教室へ通ったり、バレエ・ダンス・サッカー・乗馬とさまざまな英才教育を受けさせる現状を撮影したSung Hee Jinの“BUSY KID”など韓国社会が抱えるさまざまな矛盾や違和感を捉えようとする作家が非常に多く、歴史と伝統を敬い、作品に取り込みながら、どのように時代や自己を表現するかという問題意識の高さを感じた。街中でのスナップが肖像権の問題からほぼ不可能という事情もあり、被写体との合意が得られるもの、セルフポートレイトなど、被写体を緻密に作り込む、場を作り上げるという方向へまずエネルギーが注がれる場合が多いのも韓国写真の特徴と言えるだろう。

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY - MAUREEN,” 2011  「あなたには絶対知らせなかったこと。」 ⒸJi Hyun Kwon

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY – MAUREEN,” 2011
「あなたには絶対知らせなかったこと。」
ⒸJi Hyun Kwon

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY – LU JIA,” 2011  「すべてに言い訳をして、自分をコントロールすることを学ばなかったこと。」 ⒸJi Hyun Kwon

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY – LU JIA,” 2011
「すべてに言い訳をして、自分をコントロールすることを学ばなかったこと。」
ⒸJi Hyun Kwon

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY - LAURE,” 2011  「私は人生からも、誰からも、現在も過去からも何の得もしていない。だからすべてが恐ろしい。恐ろしくない唯一のものは死ぬ事。なぜなら、死んでしまえば、恐怖は残らないから。」 ⒸJi Hyun Kwon

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY – LAURE,” 2011
「私は人生からも、誰からも、現在も過去からも何の得もしていない。だからすべてが恐ろしい。恐ろしくない唯一のものは死ぬ事。なぜなら、死んでしまえば、恐怖は残らないから。」
ⒸJi Hyun Kwon

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY – DAEHEE,” 2009  「自分が長男であること。」 ⒸJi Hyun Kwon

Ji Hyun KWON, “THE GUILTY – DAEHEE,” 2009
「自分が長男であること。」
ⒸJi Hyun Kwon

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Choi Byoung Cheol, The Ice Head series ⒸChoi Byoung Cheol

Choi Byoung Cheol, The Ice Head series
ⒸChoi Byoung Cheol

E Honjoon, “Royal Tombs” ⒸE Honjoon

E Honjoon, “Royal Tombs”
ⒸE Honjoon

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

LEE Seung Hoon, “On Plastic Surgery #06,” 2011 ⒸLee Seung Hoon

LEE Seung Hoon, “On Plastic Surgery #06,” 2011
ⒸLee Seung Hoon

LEE Seung Hoon, “On Plastic Surgery [O.R.]#25,” 2010 ⒸLee Seung Hoon

LEE Seung Hoon, “On Plastic Surgery [O.R.]#25,” 2010
ⒸLee Seung Hoon

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年、2014年のソウルフォトにて当館学芸員・田村が行ったポートフォリオ・レビューをきっかけにヤング・ポートフォリオに応募し、残念ながら選ばれなかったという作家たちや、過去のYP作家イ・ドンウク(LEE Dong Wook) の新作 “WOZU”(本人に会ったのも初めて)をレビューすることが出来た。YP2014では選考されなかった作家たちも、非常にポジティブで、再度必ずチャレンジすると意欲満々。そして、イ・ドンウクは「実は10年前からこういう作品を撮りたかったが、当時はできなかった。」と本人が語るとおり、YPにて収蔵した作品を“原点”とすれば、そこから大きくジャンプし、スケールの大きさとクオリティを感じる作品に作家としての大きな成長を見ることができた。

LEE Dong Wook, "My own fantasy," 2005 ⒸLee Dong Wook

LEE Dong Wook, “My own fantasy,” 2005 (2003年度YP収蔵作品) ⒸLee Dong Woo

LEE Dong Wook, "My own fantasy," 2006 ⒸLee Dong Wook

LEE Dong Wook, “My own fantasy,” 2006
ⒸLee Dong Wook

 

 

 

 

 

 

 

 

 

LEE Dong Wook, “WOZU 04,” 2012  ⒸLee Dong Wook

LEE Dong Wook, “WOZU 04,” 2012
ⒸLee Dong Wook

LEE Dong Wook, “WOZU 12,” 2014  ⒸLee Dong Wook

LEE Dong Wook, “WOZU 12,” 2014
ⒸLee Dong Wook

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

YP作家イ・ドンウクと

レビュー会場にてYP作家イ・ドンウクと

 

 

最後に、ポートフォリオ・レビュー終了後に行われたレビューワーの投票で、最も多く票を得た4人の作品をご紹介する。2016年のテグ・ビエンナーレにおいて、彼らの作品が展示されるので、ぜひ会場に足を運んでみてはいかがだろうか。今後2年をかけて制作することができるので、さらなる展開が見られる可能性もある。

 

 

 

 

 

CHO Hyun Jin, “07 From the Series BATTLEFIELD_chapter VII HOME, WORK, APPOINTMENT, GYM, SLEEP AND REPEAT AGAIN personal closet” 2012 ⒸCho Hyun Jin

CHO Hyun Jin, “07 From the Series BATTLEFIELD_chapter VII HOME, WORK, APPOINTMENT, GYM, SLEEP AND REPEAT AGAIN personal closet” 2012
ⒸCho Hyun Jin

CHO Hyun Jin, “12 From the Series BATTLEFIELD_chapter XII THE BIRTH OF MOTHERHOOD, blood sample for pregnancy test,” 2011 ⒸCho Hyun Jin

CHO Hyun Jin, “12 From the Series BATTLEFIELD_chapter XII THE BIRTH OF MOTHERHOOD, blood sample for pregnancy test,” 2011
ⒸCho Hyun Jin

JUNG Jihyun, “Demolition Site,” 2013 ⒸJung Jihyun

JUNG Jihyun, “Demolition Site,” 2013
ⒸJung Jihyun

JUNG Jihyun, “Demolition Site,” 2013 ⒸJung Jihyun

JUNG Jihyun, “Demolition Site,” 2013
ⒸJung Jihyun

GWON Do-yeun, “a dictionary of notion: chronicle”  ⒸGwon Do-yeun

GWON Do-yeun, “a dictionary of notion: chronicle”
ⒸGwon Do-yeun

GWON Do-yeun, “Traveller Nonvice_03”  ⒸGwon Do-yeun

GWON Do-yeun, “Traveller Nonvice_03”
ⒸGwon Do-yeun

YOON Ami, “Borrowed story,” 2013-14 ⒸYoon Ami

YOON Ami, “Borrowed story,” 2013-14
ⒸYoon Ami

YOON Ami, “At night,” 2010-12 ⒸYoon Ami

YOON Ami, “At night,” 2010-12
ⒸYoon Ami

清里フォトアートミュージアム開館20周年記念展「原点を、永遠に。」を終えて⑥

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子


トーク・イベント⑤鬼海弘雄×都築響一×小川直美(進行)

 

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会場となった東京都写真美術館1階ロビー

8月24日(日)、東京都写真美術館にて開催の20周年記念展「原点を、永遠に。」の最終日を迎え、5回目(最終回)となるトーク・イベントを開催した。ゲストは、鬼海弘雄氏と都築響一氏。お二人には、2011年度、ご一緒に作品選考をして頂いた。トリにふさわしい、味わい深い言葉が満載のトークとなった。

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鬼海弘雄氏

鬼海氏は、浅草・浅草寺境内にてポートレイトを40年以上撮影しているが、実は、それ以前にさまざまな職業についている。山形県で高校卒業後、県の職員となるが20歳で退職。法政大学哲学科にて哲学者の福田定良氏と出会い、決定的な影響を受ける。やがて多くの映画を見るうちに表現者となることに興味を持つが、卒業後は、トラック運転手、造船場工員など様々な職業を転々とする。そしてダイアン・アーバスの写真集と出会い、写真による表現者を目指すことになる。

写真家への転身の決めてとなったのは?「飯が喰えなくても、人間とは何かという答えのないものを追求するしかないと思った。肖像を撮りたい。しかし写真家と表現者は簡単にくっつかないものと思っている。写真が写真を導き、「こっちへ来なさい」という言葉に導かれ、気付いたら40年。何でこんな寂しい道を裸足で歩かなくてはならないかと思いながら続けて来た。写真は、レンズとフィルムを使う愚直な表現。その愚直さが写真表現をひとりよがりにしない。それに騙されてここまで来た。」

鬼海弘雄《義足の老人》1974 ⒸHiroh Kikai

鬼海弘雄《義足の老人》1974
ⒸHiroh Kikai

鬼海氏は、25歳から写真を始め、雑誌の仕事などもやっていたが、毎回サブジェクトが変わること、有名な写真家の写真を模倣して何でも撮影していた日々を過ごすうち、自分の写真には何も写っていないと感じ、自分の立っている場所を変えようとマグロ漁船に乗ったという。その後も暗室マン、ビル・メンテナンス業、自動車工場期間工と職業を点々とする。その頃、デパートの屋上にいる人ばかりを撮ったという。昭和の象徴的な風景であり、現在消滅しかかっているデパートの屋上文化。都築響一氏のアンテナが激しく反応したが、その写真はすべて捨ててしまったそうだ。作家の“原点”を収集するヤング・ポートフォリオの視点から見れば、それこそ貴重な初期作品。お宝が失われたことは残念だ。奇しくも館長の細江英公が常日頃言う「初期作品は失われやすい性格を持つ」ことを証明している。ご本人は「別の山に登るのに前の地図はいらないでしょ?」とケロリ。そんな中で始まったのが浅草・浅草寺境内での撮影だったのだ。

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都築響一氏

「現在は、カメラ雑誌はあっても、写真雑誌と呼べるものが一誌もない。」と都築氏。『カメラ毎日』などの写真雑誌や『アサヒグラフ』などのグラフ雑誌への掲載など目指すものがあった時代は良かったが、現代は目指すものがないことに加え個人が個人に向かって発信できる時代に変化した。だから自分でマガジンを作っているが、幸か不幸か、現在はインターネット上で世界につながれる時代。インスタグラムだけでも、1000万単位の画像が100カ国以上、世界上でアップされている。歴史上最も多くのドキュメンタリー写真が撮影され、発表されているのだ。都築氏は、「写真が低調なのではなく、メディアの見せ方が低調なだけ。現代の主流は、世界的にみればむしろドキュメンタリーである。日本の写真家も日本のメディアもそう思っていないようだが。」と語る。

都築響一《TOKYO STYLE》1993  ⒸKyoichi Tsuzuki

都築響一《TOKYO STYLE》1993
ⒸKyoichi Tsuzuki

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都築氏がカメラの選択について触れた際、35ミリがしばしばシューティング(狙撃)と表現されることに対して、鬼海氏は「何と言っても写真の醍醐味は35ミリのスナップ。海外でスナップするときは、私がここに生を受けて、生きていても何の問題もないという場所でしか写真は撮らない。」と言う。さらに「私が撮った写真は100年前に死んだ人に見せても、100年後に生まれた人に見せてもOK。私は写真にユーモアの感覚を使う。35ミリであっても狙撃という感覚は使わないし、スキャンダル、風刺、快楽の感覚は使わない。」近々マドリードでの展覧会のためにスペインを訪れるが、カメラは一切持って行かないという鬼海氏。海外で撮影する時は写真集を撮る目的のみだという。

都築氏は一度、カメラ雑誌に投稿された作品の入選、落選に関わらずすべてをアーティストの大竹伸朗氏とともに見た特別な経験があるそうだ。すると、不思議な魅力を持った写真を撮る人の年齢が70、80、90代に固まっていた。それらの写真は、通常なら掲載作品として選ばれない。彼らは自分だけの美学を信じ、人のアドバイスは聞かずに50年撮っている、つまりそういう強さも大事だと指摘。現代の若い世代も、アルバイトしながら、30、40代でも自分の撮りたい写真を諦めない生き方が出来る時代。自分が強く共感できるもの、自分の舞台である発表の場を見つけるということが重要なのだ。

_MG_4022「原点を、永遠に。」展を3回ご覧くださったという鬼海氏。展示された作品を見て「写っている」と思ったと、まずは高く評価してくださった。都築氏は、「世界中で若者が同じ音楽を聞き、同じ格好をしている時代に、国民性や国ごとの性格では勝負できなくなって来ている。YPからは、多様性ではなく、むしろ同質性を感じた。同じ土壌で勝負していくのは、厳しいが面白い。」と指摘。YPについては、ミュージアム・コレクションであるということが「どんなに褒められるよりも、一枚買ってもらった方がずっと嬉しい。それで生活ができるということとは関係なく、一枚でも買ってもらうということが、何より強い評価」だと、その真骨頂をおっしゃってくださった。また、「大きな賞を取ると、かえって小さな仕事が来なくなるので、YPはカメラマンの懐にも優しい。」と、木村伊兵衛賞の受賞経験者として生々しいコメントも。

最後に、参加者から「なぜハッセルブラッドなのか?」という質問を受けた鬼海氏は、そのいきさつを話してくださった。ダイアン・アーバスの写真集を見た鬼海氏は、「一般の人が主人公の写真で、何度も繰り返し見ることができる写真集」に衝撃を受けたという。真四角の構図の中で真っ正面から人物を撮る。その話を哲学者の福田定良先生としていたら、福田先生が、「(ハッセルブラッドを)買っておいで」と30万を机の上にポンと置いてくださった。「物にはちょっとした自分のはずみがつけばいい。大げさに考えないで買っておいで」と。そのとき購入したカメラを現在も使っているという。その他数台のカメラを使うが、レンズは一本。「何本も買えないということもあるが、一本で積極的に撮る。レンズに撮らされずに自分の目で撮る。」それは簡単なことではないが、その考え方が鬼海氏の写真を作り上げたのだろう。そして、《TOKYO STYLE》で一見散らかったように見える部屋を撮った都築氏は、「こうはなりたくないと思って撮るか、カッコイイと思って撮るかで同じ写真でも違いが出る。機械が撮るものだけれど、上から目線で見るのか、どんな目線で撮るのか。誰でも写真は撮れるけれども、写真の本質はそこにある。技術では騙せない。どれだけ粘着質な視線がそこにあるのか。」

5回にわたるYP作家と選考委員によるトークを終えて、あらためて感じたことは、「写真」とは、写真家の生き方そのものであり、すべての存在がその瞬間に集中している。そして、さまざまな物事が複合されている。その複雑さを、時に読み解くアシストも必要だろう。写真家のすぐれた仕事を顕彰し、発信して行く。KMoPAは、写真と写真家のために生きている美術館として、今後もすぐれた作品を発掘し、世に問い、成長の支えとなるべく、活動を継続したいという思いを新たにした。

  • パネリスト略歴

鬼海弘雄(きかい・ひろお)1945年、山形県寒河江市に生まれる。高校卒業後、山形県職員となるが20歳で退職。法政大学哲学科在学中、哲学者の福田定良に師事し、決定的な影響を受ける。多くの映画を見るうちに表現者となることに興味を抱く。卒業後、トラック運転手、造船場工員などさまざまな仕事に就く中、ダイアン・アーバスの写真と出会う。1969年(25歳)から写真を始めるが、その後も遠洋マグロ漁業、暗室マン、ビル・メンテナンス業、自動車工場期間工などの職業に就く。同時に、東京・浅草の浅草寺境内にて独特の存在感を見いだした人々のポートレイト撮影を始める。主な作品に『王たちの肖像』『PERSONA』『India』『東京迷路』『アナトリア』などがある。

都築響一(つづき・きょういち)1956年、東京都に生まれる。76年から10年間、雑誌『POPEYE』『BRUTUS』にて編集者を務める。以後、現代美術、建築、写真、デザインなどの分野で執筆活動、書籍編集を続けている。93年、東京人のリアルな暮らしを捉えた『TOKYO STYLE』を刊行。それまであまり被写体とならなかった生活感あふれる居住空間を発表して大きな話題となる。96年、日本各地に点在する秘宝館や奇妙な新興名所を撮影した『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』で第23回木村伊兵衛賞受賞。主な著書に『STREET DESIGN FILE』(全20巻)『珍世界紀行ヨーロッパ編 ROADSIDE EUROPE』『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』など多数。現在、個人雑誌有料メールマガジン「ROADSIDERS’ weekly」を発行中。

http://www.roadsiders.com

東京工芸大学にて特別授業

清里フォトアートミュージアム 主任学芸員 山地 裕子


12月10日(水)、東京工芸大学助教、勝倉崚太先生(YP作家)より特別授業を依頼され、90分間のレクチャーを行ってまいりました。特別授業は、写真に関する業界から(編集者、デザイナー、印刷など)講師を招き、学生の将来の方向を考える参考にしてもらおうというもの。以前は4年生の授業だったが、現在は3年生が対象となっているそうです。

スライドでは、KMoPAの基本理念のひとつ、プラチナ・プリントのコレクションについて。その技法、特徴、作品をご紹介。その後、ヤング・ポートフォリオを重点的にご紹介しました。ヤング・ポートフォリオとは?を説明するにあたって、ご自身がYP作家でもある勝倉先生から事前にあった一言は、「通常、コンテストでは既発表に関する制約がある場合が多く、ヤング・ポートフォリオも同様と思い込んでいる学生が多い。ヤング・ポートフォリオは、既発表作品も既に受賞した作品も応募できるので、このことだけは覚えておいて欲しい。」とのこと。先生が、授業でさらに強調された点は、「自分の、作品がお金を払ってもらって、美術館に収蔵されることは非常に大きいこと」「略歴にコレクションという実績を記載できる」ということ。

開館20周年記念展「原点を、永遠に。」のポスターパンフレットを差し上げ、スライドでもご紹介。3年生ということもあって、「自分にはまだまだ先のこと」という印象もあるかと思い、まずは、野口里佳が在学中に応募した《座標感覚》(1992)からスタート。さらに、ヤング・ポートフォリオの特徴である「35歳まで継続して応募・収蔵ができる」点。安村崇、石塚元太良、北野謙など継続して収蔵した作家の変化をスライドショーで紹介。林典子、髙木忠智、亀山亮などドキュメンタリーの作家たちもYPでの購入が次の取材費になるなど、プロジェクトを次につなげていくきっかけとしてYPに応募するなど、多くの写真家がYPを通して大きく成長して行ったことをご紹介しました。

最後に勝倉先生から「作品がコレクションされれば、自分のように東京都写真美術館で展示されたり、他へ巡回されたりする機会もある」と再度おっしゃってくださり、タイムアップ。スライドの後半、海外作品は駆け足となってしまいましたが、東京工芸大学からはこれまで数多くのYP作家が出ています。2013年度は、当時東京工芸大学院芸術学研究科在学中だった廣田千祐貴、2014年度は同研究科に在学中の三善チヒロ。それから、あまり知られていないのですが、これまでのYP作家の最年少は15歳。中学・高校生も応募できるのです。もちろん東京工芸大学に限らず、学生さんからのチャレンジをお待ちしています!全国の卒業制作真っ最中のみなさま、渾身の力で作った作品を学内だけで見せるのはもったいない。ぜひ来年4月のご応募をお待ちしています。

東京工芸大学写真学科HP

http://www.t-kougei.ac.jp/arts/photography/

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